第9話

文字数 1,953文字

「それにしても、予想外の展開だったが、今日は楽だったな」
「俺らなんもしてねぇ」
 大河が宗史の隣に並ぶと、二人は苦笑いでそんなことを言った。
「何で。翔太止めたの二人じゃん」
「そりゃそうだけど……、ま、こんな日もあるか」
「たまにはな」
「ね、優さんたちこれからどうするのかな。一緒に働いてるのに」
「女の方が適当に理由付けて辞めんじゃねぇか?」
「さすがに居辛いだろうしな」
 大河は顔を曇らせた。職場の人たちは二人が付き合っていたことを知っているだろうし、小田原は居心地が良くないだろう。
「あ、そうだ大河」
 気になるけど余計なお世話かなぁ、と思っていると、宗史の向こう側から晴がひょいと顔を見せた。
「お前も女には気を付けろよ?」
「どういう意味だよっ」
「ああいうタイプの女はな、騙しやすそうな男に鼻が利くんだよ。ほんっと、女ってのは怖ぇぞー」
 宗史といい、非常に心外だが、それ以上に気になることがある。
「……晴さんって、今までどんな人と付き合ってきたの?」
「お前は知らなくていい、知る必要はない」
 深い溜め息をつく晴に宗史と共に白けた視線を向け、大河は頭を切り替えて疑問を口にした。
「そういえばさ、望月法律事務所のこと、何であんなに詳しかったの? 前に依頼してきた人?」
「ああ。栄明(えいめい)さんの友人がやってるんだ。一度依頼を受けたことがある」
「えっ、そうなの?」
 へぇ、と感心する大河を、晴がちらりと一瞥した。
「もう一つ。翔太のお父さんって、翔太のこと知ってたんだよね。てことは、ずっと側にいたのに見えなかったってことになるけど、何でさっきは見えたのかな?」
「簡単に言えば、集中力の問題だな。緊張感と言ってもいい」
「緊張感?」
 駐車場に着いて、清算機で清算をする宗史の代わりに、晴が答えた。
「親父さんが出てたのは、稽古をしてた時だろ。で、さっきの翔太の精神状態考えてみろよ」
「えーと、稽古の時と、さっきの翔太……」
 あれを演技とは言えないが、沙織にオスクリヒトのことを聞いた時、笑顔を保つだけでも必死だった。そこに別人格の心理や動作や台詞を加えるとなると、素人には想像できないくらいの集中力が必要なのだろう。
 そして翔太。憎い相手と対峙する緊張、自分が何をするか分からないという恐怖、祖父母のために堪えなければというプレッシャー。
 そうか。
「神経が研ぎ澄まされてた、ていうか、張り詰めてた?」
「よくできました。元々霊感なんて誰にでもあるもんだからな。条件が合えば見えてもおかしくねぇよ」
「条件って?」
 清算が終わり、車へと向かう。領収書を手に宗史が答えた。
「対象者の想いが強かったり悪鬼だったり、逆も然りだ。色んなパターンがある。ただし、霊感には強弱があるから、ただ集中すれば見えるというわけじゃない。今回の場合、父親の強い想いもあって、あの二人も極端な精神状態だった。見える条件が揃っていたんだ。おそらく二人の霊感自体は弱いんだろうな」
「てことは、あの沙織って人が見えてたのって、優さんにばらされたら困るからっていう緊張感……危機感?」
「ま、そんな感じだろうなぁ。でもあの二人ほどじゃねぇだろうし、多少緊張感が影響してたにせよ霊感は強い方じゃねぇの?」
「多分な。だが、だからこそ危険だ。あの調子じゃそのうち悪鬼を呼び込むぞ」
「えっ」
「だろうな。あれで邪気が見えねぇって、許容量かなりのもんだぜ? 恨み買ってる奴多そうだし」
「明さんと怜司さんなら見えたかもしれないな」
「い、いいの? ほっといて」
「依頼があれば仕事はするが、なければ俺たちが出張る必要はない」
「そうそう。一応伝手はあるわけだし、いざとなったら元彼に泣き付くだろ」
 後部座席に乗り込みながら、大河は喉の奥で唸った。正直に言って、沙織は人として最低だと思う。だが、悪鬼に食われてもいいとまではさすがに思わない。会ってたった一時間ほどではあるが、小田原の性格なら、沙織に泣き付かれたら助けそうだ。それでいいと思うけれど、翔太は小言を言うだろう。ほっとけばいいんすよあんな女、でも困ってるみたいだし、などの二人のやりとりが違和感なく想像できる。と。
「あっ!」
 突然叫んだ大河に、宗史と晴がびくりと肩を震わせて振り向いた。
「いきなり叫ぶな、びっくりすんだろうが!」
「お前、頼むから運転中はやめろよ?」
「どのMVに出たのか聞くの忘れた!」
 苦言を無視して慌ただしくボディバッグを探る大河に、宗史と晴は深い溜め息をつく。
「まったく……」
 ぼそりと呟いて、宗史は車を発車させる。必死に携帯をいじる大河をルームミラー越しに見た晴が、ぽつりと呟いた。
「……オスクだったか?」
「ああ。オスクリヒト」
 ちょっと聴いてみるか、と小さく言って車窓へ顔を向けた晴に、宗史は密かに苦笑した。
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