第12話

文字数 1,894文字

「いないって……え、どこにも?」
 大河は呆然とした顔で聞き返すと、春平はうんと頷いた。
「表の門を閉めてくるって言って二人で出たとこまでは知ってるんだけど、そのあと戻って来なくて弘貴と探したんだ。そしたら車の鍵が一つなくなってて、まさかと思って見たら、やっぱり車がなくて……」
 車がなくなっている以上、二人で外へ出たことは間違いない。こんな時にどこへ――。
 どくんと心臓が跳ねた。まさか、あの二人が。
 大河はこっそり拳を握った。疑問はたくさんあるし、信じたくないけれど茂と華がいないのは間違いない。大河は顔を引き締めた。
「春、行こう。そのこと宗史さんたちには?」
「え、あ、弘貴が」
 言いながら歩き出した大河の背中を、春平が慌てて追いかける。
「じゃあ、どうするかは宗史さんたちが決める。俺たちはそれに従おう」
「う、うん……」
 明の任意同行、緊急会合、茂と華の失踪。自分の頭では、この状況から答えは導き出させない。けれど、宗史たちは何か気付いているかもしれない。弘貴から報告を受けて、何かあれば必ず指示が出る。それに従うしかない。
 大河と春平は、階段から廊下、離れへ渡り縁側に沿った廊下を小走りに駆ける。障子のすぐ向こう側にずらりと人影が透けて見え、廊下で待つようにと言われていた柴と紫苑がいない。その光景に、大河は違和感を覚えた。寮の皆の席は襖側だ。ではこの人影は誰だ。それに、柴と紫苑はどこに行ったんだろう。
 頭の中をクエスチョンマークで一杯にしながら、大河は障子が開けっ放しになっている廊下を挟んだ玄関正面の入口から座敷に入った。
 そして、目に飛び込んできた光景にぎょっと目を丸くして足を止めた。
 なんだこれ。
 一斉に向けられた視線は、初めて会合へ来た時のことを彷彿とさせたが、あの時より視線の数が多い。というか、多すぎだ。
 上座右側に宗一郎、左側は空席。氏子らと宗史はあの時と同じ席順だが、土御門家側の末席は空席だ。左側の襖の前には、紺野を先頭に樹たちが腰を下ろし、末席の座布団が四つ空いている。そして右側の障子の前に並んでいるのは、全員スーツ姿の男女九名。
 誰、と口の中で呟いた大河に、宗史が口を開いた。
「大河、春、早く席に着け。閉めなくていい」
 二人揃ってはっと我に返り、襖側の座布団に腰を下ろす。特に指示がないということは、問題ないのだろうか。とりあえず、誰あの人たち、と弘貴に視線で尋ねたが、困惑した面持ちが返ってきた。ちなみに、紺野、怜司、樹、昴、美琴、夏也、香苗、弘貴、春平、大河の順だ。
「少し手間取ってるかな」
 宗一郎が障子の方へ視線を向けて呟いた。そういえば、晴と陽はあれから柴と紫苑の部屋にこもったままだが、何をしているのだろう。
 と思った時、障子の向こう側に二つの人影が現れた。晴と陽、のはずだが、晴と思われる長身のシルエットが何やらいつもと違う。大河はシルエットを視線で追った。
 長い廊下をゆっくりと進み、やがて開けっ放しにしている入口の方へ回って見えた姿に、氏子たちから感嘆にも似たざわめきが起こった。唯一平常心なのは宗一郎と宗史、そして律子と栄明。へぇ、と感心の息をついたのは樹と怜司だ。他の者たちは、揃って目を瞠っている。
 着物姿の晴を、初めて見た。
 堂々と張られた胸に、真っ直ぐ前を見据える強い眼差し。背筋がすっと伸びた立ち姿は、清らかで凛とした潔さが漂う。体格の良さも相まって、思わず息をのむほどの迫力がある。いつも緩い空気を纏う晴とは、まるで別人だ。
 戸口で足を止めた晴が、ゆっくりと口を開いた。とたん、ぴたりとざわめきが止む。
「申し訳ありません、遅れました」
 その声は、いつもの晴の声とは違った。緊張とは違う。抑揚がなく、冷ややかな声色。それでいて、どこか覚悟を決めたような。
 軽く一礼をしてすっと敷居をまたぎ、氏子らの机の間を通って上座へと向かう。その一挙手一投足を、誰もが引き付けられるようにして見守っている。陽があとに続いて障子を閉め、土御門家の末席へついた。
 そこに集まった全員の視線を浴びながら、晴が上座に腰を下ろして顔を上げた。隣では、宗一郎が目を伏せて、満足そうな笑みを湛えている。
「では」
 宗一郎が瞼を持ち上げ、宣言した。
「これより、緊急会合を始めます」
 逃げていいと言われたら迷うことなくここから逃げる。そう思うほど漂う空気は重く、まるでぴんと張った弦のように張り詰めて、一瞬でも気を抜けば飲まれそうになる。
 明のことだけじゃない、他に何かある。そう、本能で悟った。
 大河は気合を入れ直すように背筋を伸ばして、ごくりと喉を鳴らした。
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