第5話

文字数 2,320文字

      *・・・*・・・*

「あーあ、俺も新車乗ってみたかったなー」
 伊吹山まで、高速を使って約二時間半。後部座席でふんぞり返った志季が、嫌味たらしい顔で嫌味たらしく言った。晴がじゃんけんで負け、寮の車を使うことになったのが不満らしい。
「しつけぇなお前は。そんなに嫌なら降りろ」
「体力温存中ですぅ」
「体力馬鹿のくせして何が温存だ」
「ああ!?」
「志季、運転中だよ」
 身を乗り出した志季を、助手席の陽がルームミラー越しにちらりと見やった。志季はうっと声を詰まらせ、舌打ちをかましてしぶしぶ座席に沈む。
 そんな二人のやり取りを、晴は白けた目で一瞥した。
 廃ホテル事件の時、冬馬たちへの処遇を聞いた明は、少々呆れた様子で溜め息をついた。樹の友人であり、陽を助けようとした冬馬の行動、そして陽の判断。さらに必死になって冬馬たちを庇うものだから、明は苦笑いで結果を受け入れた。いつも思う。三兄弟の中で陽が最強なのではと。
「で、どうすんだ?」
 先程のやり取りなどなかったかのように、志季がペットボトルの蓋を捻りながらごく自然に問うた。宗一郎は、結界を張れと簡単に言ってくれたが。
「ご神体が山そのものだからなぁ」
「さすがに全体に結界は張れませんよね」
「さすがにな。要は破壊されなきゃいい話なんだけど、寺だの祠だのあるからなぁ」
 現在山頂に建立されているのは、「大乗峰伊吹山寺(だいじょうほういぶきさんじ) 覚心堂(かくしんどう)」。平安時代の僧侶・三修上人(さんしゅうしょうにん)が開いたと伝わっており、薬師如来が祀られている。もともとは伊吹神(いぶきがみ)(伊吹大明神)を祀った神社があったらしいが、今は「伊夫岐神社(いふきじんじゃ)」として山裾に遷座されている。
 他にも、伊吹神と戦ったと伝わる日本武尊(やまとたけるのみこと)の像や弥勒菩薩が祀られる弥勒堂があり、パワースポットとしても人気があるらしい。まさに神道と仏道が同居する場所だ。
「お土産屋さんやお食事処、あと宿泊施設もありますからね」
「どこもそうだけど、思いっきり観光地化してんな。知ってたけど」
「薬師如来も伊吹神も大変だな」
 うんざりした顔で晴と志季がぼやいた。また面倒な場所を割り当てられたものだ。
「しょうがねぇ、施設には結界張るか。ていうか、ほんとに大丈夫なんだろうな。人に見られたら洒落になんねぇぞ」
 伊吹山は、滋賀県米原市の伊吹登山口からと、伊吹山ドライブウェイの二カ所から登頂できる。
 登山口からは往復六時間ほど。夏は高山植物があちこちで群生し、天気が良ければ琵琶湖まで一望できる絶景が拝める。
 一方伊吹山ドライブウェイは、岐阜県不破郡関ケ原町から滋賀県米原市大久保までの、全長十七キロの有料道路だ。山頂近くの駐車場にはスカイテラスがあり、飲食やショッピングができる。そこから三つの登山道が設けられており、徒歩二十分から一時間ほどで山頂に到着する。しかもちょうどこの時期、いつもは午後九時に閉鎖されるが、オールナイト営業をしているらしく、その名の通り二十四時間入場可能となっている。山頂近くの駐車場で車中泊が可能となり、昼夜問わず絶景を堪能できる。さらに山頂には土産物屋があり、素泊まりの宿泊施設もあるのだ。
 つまり、下手をすれば大勢の人間に戦闘を目撃され、巻き込むことになる。
 陽が携帯をいじった。ドライブウェイや観光協会のホームページで調べているようだ。
「登山口の方は午前中の入場のみ可能で、ドライブウェイは午後六時から閉鎖になってます」
「マジか」
「登山は朝から登る方が多いと思うので、陽が沈む前には下山されると思いますよ。夜は危険ですし」
「だな。伊吹山は琵琶湖国定公園になってるから、そこから手ぇ回したみたいだな。閉鎖理由は?」
「えーと、落石調査、野生動物の生態調査のため、だそうです」
 晴は苦い顔をした。
「あそこ熊やら猪やら出るらしいし、夜行性の動物もいるけど、生態調査なんて今さらじゃねぇの? 落石調査も普通は昼だろ」
「いいんじゃないですか? とりあえず閉鎖できれば。でも、楽しみにしていた方もいたでしょうね。申し訳ないです」
 顔を曇らせた陽を横目で一瞥し、晴は溜め息をついた。気になるのはそちらか。陽らしいが。
「丸一日ってわけじゃねぇんだ、気にすんな。そもそも俺らのせいじゃねぇし。苦情は楠井家へどうぞ」
 おどけた口調にははっと陽が弾かれたように笑い、晴は口元を緩ませた。
「ああ、そうだ。宿泊施設の方はどうなってんだ?」
「それだよ」
 志季が運転席と助手席から顔をのぞかせ、陽が再び携帯をいじった。
「人がいると一番まずい所だろ」
「落石と生態調査に関係ねぇからなぁ。伊吹山寺の住職は俺らのこと知ってるだろうけど、民営の施設には他に何か理由付けねぇとな」
「そもそも何でこっちが手回ししなきゃいけねぇんだって話じゃね?」
「だから苦情は楠井家へっつってんだろ」
「今度あいつらに会ったら言うわ」
「おー、言ってやれ言ってやれ」
「あ、良かった。大丈夫みたいですよ」
 緊張感がないどころか若干気だるげな会話に陽が口を挟み、携帯から顔を上げた。
「宿泊は金、土、日の週末だけらしいです」
「お、んじゃ完全に無人だな」
「よっしゃ」
 志季が不敵な笑みで手のひらに拳を打ち付けた。
「今度こそ思う存分暴れられるな」
「待て待て。花畑とかあるみたいだし踏み潰すな、地形変えるな。面倒なことになる上にまた説教されるぞ」
 晴の指摘にぐっと声を詰まらせ、志季はこれでもかと渋面を浮かべた。ったくめんどくせぇ、とぼやいて膨れ面を車窓へ向ける。
 火神は、その性質から揃いもそろって好戦的だ。こんな時は頼りになるが、不安でもある。山頂に大穴でも開けようものなら、翌日にはネットで大騒ぎになりそうだ。明から何を言われるか分かったものじゃない。
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