第10話

文字数 1,040文字

 何から話せばいいのか、正直迷っている。
 これがお前の手元にあるということは、私はそこにはいない。だが、私がどんな形で最期を迎えたのであれ、お前が責任を感じる必要は一切ないことだけは、断言しておこう。何故なら、それは私が選んだ人生だからだ。
 お前がまだ雪子さんのお腹にいた時、私は夢を見た。
 一人の少年が、目の前で泣いている夢だ。私にすがりつき、幼い子供のように大声を上げて泣いていた。目覚めてもその泣き声が耳にこびりついて離れなかった。それが、これから生まれてくる孫だと察し、同時に私はその子が成長した時に死ぬのだと理解した。これは陰陽師としての先見(さきみ)だと。
 私は幾日も幾日も考えた。運命に従うべきか、抗うべきか。
 夢を見たのは一度だけで、結局どんな経緯で命を落とすのか分からず、私は運命に身を任せることを選択した。
 今思えば、私は怖かったのだ。抗うことすらも運命のうちだったと知ることが、結局運命は変えられないと知ることが、私は怖かった。
 鬼代神社の事件の一報を聞いた時、その時が来たことを悟った。
 死に対する恐怖も後悔も、お前たちを残してこの世を去ることへの未練もある。お前たちがきっと悲しんでくれることも分かっている。けれど、これは私が選んだ人生なのだ。身勝手なことを言っていることは承知の上だ。だが、どうか分かって欲しい。
 お前がこれからどんな道を選択し、どんな人に出会ったとしてもこれだけは忘れるな。憎しみに囚われ、悲しみに溺れ、人の痛みに鈍感な人間にだけは、決してなるな。
 もし自分ではどうしようもなくなった時は、迷うことなく誰かに頼りなさい。お前の周りにはたくさんの人がいる。影唯、雪子さん、省吾、風子、ヒナキ、宗史くん、晴くん、島の皆、そしてこれから出会う人たち。頼ることも、弱音を吐くことも恥ではない。人は万能ではないのだから。
 今は、お前の人生の岐路だ。
 今の自分が一番後悔しないと思う選択をしなさい。そして後悔しないよう、全力で進みなさい。その先にどんな未来が待っていたとしても、きっと立ち向かえるはずだ。
 少し落ち着きが足りず、感情に流されやすいきらいはあるが、人に寄り添える優しさを持ち、真っ直ぐ素直に成長していくお前を見るのは、とても幸せだった。たくさんの人を愛し、たくさんの人に愛されるお前は、私の誇りだ。
 これから先も、人を愛することを忘れずに生きろ。
 大河が私の孫で、本当に良かった。私は、幸せだったよ。
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