第2話

文字数 2,195文字

『結果がどうであれ、こちらから連絡があるまで治癒や撤収作業に当たるように』
 宗一郎からそう指示が出され、作成された全員参加のグループメッセージに、まだ連絡は来ない。
 美琴と香苗の治癒を終わらせ、血まみれの恰好で宿には行けないので右近に綺麗にしてもらい、場所を借りて着替えを済ませた。ちなみにその着替えは「絶対持って行った方がいい」と大河から真顔でアドバイスを受け、一組多く持ってきていたものだ。戦いのたびに汚れまくっている大河ならではだ。
 疲弊した茂の運転は少々不安だ。本人も同意の上で、宿へは宮司が送ってくれることになった。定員オーバーだが、右近が小型化してホテルの近くで人型へ戻れば問題ない。そう、それは問題ないのだが。
 助手席で茂が言った。
「そうそう、宿の部屋割りなんだけど、僕と右近と柴が同じ部屋だからね」
 一瞬、何故そんな当然のことをと思ったが、要は右近に言い聞かせたのだろう。香苗と一緒がいいなどと言い出されてはさすがに堪らない。そんな美琴の気持ちを知ってか知らずか、香苗の膝の上で大人しくしていた水龍姿の右近がひょいと首を上げた。
 何故だ?
 何故だも何もない。さすがに分かるだろう。溺愛するのは勝手だが、気を使うべきところは使って欲しい。美琴は心の中で突っ込んで、右近を白けた目で見下ろした。
 一方、あっと香苗が小さく声を漏らし、ああと柴が何か察したように呟いた。
「さすがに二人と同じ部屋はまずいよ」
 何がまずいのだ? 右近はますます不思議そうに首を傾げ、何がって、と茂が困惑顔で言いあぐねる。ここははっきり言った方がよさそうだ。美琴が小さく嘆息し、口を開きかけた間際、香苗が口を挟んだ。
「あ、あの……っ」
 宮司以外の視線が集まる。
「あの、その……」
 もごもごと言い淀む香苗は、視線が泳ぎまくっている。こういうはっきりしないところは、ちょっとイラつく。
「香苗、何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「は、はい。あの、う、右近さんは……っ」
 意を決したように身を乗り出して、香苗は言った。
「女の人です……! ので、その……同じ部屋でも……」
 大丈夫です、と言葉尻が小さくなって車内に沈黙が落ち、
「――えっ!」
 美琴と茂と宮司の驚きの声が綺麗に重なった。勢いよく振り向いた美琴と茂に、右近が何故か楽しげに尻尾を振った。
「右近って、女性なの?」
 唖然と問うた美琴へ、右近が紫暗色の瞳を向けた。左近と顔が似ているのでよく間違われるが、正真正銘女だ。
「そ、そうなんだ。着物も男物だし、てっきり男性だと思ってたよ。ごめんね」
「あたしも思ってた。ごめん」
 いや、構わん。おかげで賭けに勝った。
「――賭け?」
 聞き間違いだろうか。美琴と茂が目を瞬いて反復し、香苗と柴が小首を傾げた。
 ああ。左近と、誰が私を女だと見抜くか賭けをしていたのだ。着物が男物なのはそのためだ。それに、こちらの方が動きやすいのでな。
 そういうことか。また徹底した小細工を。
「それはまた、気の長い賭けだねぇ」
 茂が呆れと感心が混じったような笑みを浮かべて、前を向き直った。確かに気が長い。聞こうと思えばいつでも聞けるのに、それが今だったということは、答え合わせは流れに任せているのだろう。いつ答えが判明するか、あるいはしない可能性もあるのに。こんな曖昧な賭け、まさに神の戯れだ。ていうか神様が何やってんだ。
 お前は気付くと信じていたぞ、と言って香苗の頬にすり寄る右近を横目で見やり、美琴は息をついた。
 賭けをしていたということは、先程の態度はフリだったらしい。何故部屋が茂たちと一緒なのか、その答えを聞き反応を見ることで、誰が気付いていて気付いていないのか確認しようとしていたのだ。こっそり賭けていたことといい演技といい溺愛っぷりといい。寡黙でクールな印象が完全に崩れ去ってしまった。そして香苗が言いあぐねたのは、右近への気遣いか。男に間違われるなんて、大抵の女性は傷付くだろう。だがそんな気遣いも虚しく右近は開き直って――いや、自分の性別を賭けに使うくらいだ。いっそ瑣末なこととか思っていそうだ。
 ところで、柴。
 神様の感覚ってどうなってんの。こっそり突っ込む美琴の隣で、香苗の膝の上でお座りした右近が柴を見上げた。
 お前は何故見抜けた? これまで見抜いたのは宗一郎だけだぞ。
 宗一郎は見抜いたのか。自分の式神だからと言われればそうなのだろうが、家柄をはじめ、陰陽師としての力量といい容姿といい頭脳やら統率力やら、その他諸々のスペックが高すぎやしないか。笑い上戸はともかくとして。
 尊敬と少しの羨望を覚える美琴の隣で、柴がいつもの無表情を崩さずに答えた。
「女の匂いがした」
 え、のひと言さえ出ないくらい理解が追いつかず、美琴と香苗と茂と宮司が唖然とした。女の匂いって何。
「鬼は鼻が利くからな。ならば、紫苑も気付いているか」
「おそらく」
「やはり、お前たちでは賭けにならんな」
「私たちも、賭けの対象だったのか?」
「一応な。だが引き分けだ」
「……そうか」
え、ちょっと待って。女の匂いって何。どんな匂いなの。二人で通じ合ってないで説明して欲しい。ていうか、匂いとかなんかやだ。
 困惑気味の顔で固まる美琴たちを横目に、柴は何故か懐かしそうな眼差しをしており、右近は「つまらん」とぼやいて丸くなった。式神は実は暇なのか。
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