第3話

文字数 2,599文字

 やれやれといったふうに息をつき、下平が話題を変えた。
「それにしても、犯人たちにとって今日の会合は予想外だっただろうな」
「ええ」
 会合そのものではなく、話の内容だ。
 明の任意同行、(たける)の呼び出し、冬馬たちへの襲撃。これらすべてが、こちらの戦力を分散させ、昴を連れ戻すために仕組まれたことは間違いない。けれど結局は、昴が去る前に椿と志季が戻ってきた。
「横領のことを知っていたとしても、怜司の件はさすがに知らなかったでしょうし」
「だろうな。犯人たちは、犬神事件から俺たちが加賀谷に辿り着くことは分かってただろうから、もしあの事故の不自然さに明たちが気付くと予想していれば、会合で草薙を追及すると分かる」
「もしかすると、岡部を探していることも予想してたかもしれません」
 あるいは、探していることを知っていた可能性もある。
「となると、明さんの任意同行と、六年前の事故が会合で話題に上がると分かっていた」
「そこで加賀谷管理官の名前が出て草薙が昴に助けを求める、はずだった。けど実際は、岡部の証言と廃ホテルの件、さらに横領と怜司のことが挟まって、話が予想以上に長引いた。その間に椿と志季が戻ってきてしまった。って、ところでしょうね」
「やっぱそんなところか」
「おそらく間違いないかと」
 六年前の事故と加賀谷、草薙家と加賀谷家の繋がりだけで草薙たちを自白させるのは、正直に言って困難だ。だがそこに冬馬たちを襲った龍之介が加わると、状況は変わる。冬馬は予想外だったにせよ、樹が激怒するのは火を見るより明らかだ。さらに鬼がいれば容易に口を割るだろう。連絡を取っていたのなら龍之介の性格は知っていただろうし、実際そんな流れだった。犯人たちは、昴を回収したあとでそんな展開を予想したのだろう。
 あれだけの術を扱える奴が仲間にいるのだ。草薙たちを殺そうと思えば殺せた。それなのに生かしたのは、彼らにとってどちらがより苛酷なのか分かった上でのことだ。
 紺野は、昴が言った言葉を思い出した。思ってたよりと粘ったなぁ、と。
 犯人たちが、こちらの戦力を分散させ、昴を呼び戻すことが目的であることは分かっていた。偶然にも岡部が発見され、横領の証拠が揃い、草薙を追いつめる材料が揃っていたため、必然的に話は長くなったけれど、一方で椿と志季が戻ってくるまでの時間稼ぎという目的もあった。あれは、草薙とそれに対しての台詞だったのだ。
 また犯人たちは、こちらに目的を読まれていると承知の上で計画を実行した。そうまでして草薙を排除したかったのか。あるいは、「事態が大きく動く」その時期が近いためか。
 個人的には、これでも十分大きいのだが。
「なんにせよ、あいつらの思惑通りに事が運んでるってのはムカつくよな」
「初めから草薙を排除するつもりで手を組んで、計画を立てていたんでしょうね」
 土御門家と蘆屋家――今は楠井家だが――の間の因縁が史実だとしたら、草薙と目的は一致する。だが、蘆屋家の方は、犯罪者への復讐という、もう一つの狙いがあった。表向き土御門家への復讐・排除という共通の目的を掲げて手を組み、わざとこちらに加賀谷を探らせ、草薙を追いつめる材料を提供した。草薙は、土御門家を排除する計画の一つだとでも言いくるめたのだろう。それには、リンとナナの件も含まれる。もし龍之介が二人を襲っていなければ、敵側の計画は成り立たず、草薙たちを「抹殺」できない。必ず警察が動くため、草薙にリンとナナのことを知られれば止められる可能性がある。だから黙っていた。いや、黙っていろと龍之介に言い含めた。つまり、リンとナナの件も意図的、ということになる。
「てことはだ。多少あったにせよ、本当の目的は警察の捜査状況を知ることじゃなかったのか。事件はまだ続いてんだし」
「そうなります。少女誘拐殺人事件で情報が漏れていたのでそう考えましたけど、目的は草薙を追いつめるための材料集めみたいなものでしたから。それに、元々身元を隠すつもりがないみたいですし……、言いたくないですけど、警察は正確な推理ができないですから、知ったところでって感じでしょうね」
「それ、聞きたくねぇなぁ……」
 溜め息と共にがっくりと肩を落とした下平に、紺野はすみませんと小さく笑った。警察官としては情けないの一言に尽きる。
 と、何かが引っ掛かった。
「……共通の目的……?」
 突然、唇に手をあてがい、神妙な面持ちで呟いた紺野に下平が首を傾げる。
「どうした?」
「いえ……」
 紺野は判然としないまま、言葉を選ぶように尋ねた。
「廃ホテルで、平良が言ったことを覚えていますか。陽の誘拐は、依頼されただけだと」
「ああ、そう言ってた……、あ?」
 下平が眉根を寄せて振り向いた。
「気になってたんですよ。どうして依頼なんて他人行儀な言葉を使ったのか。平良たちは、元々草薙たちを裏切るつもりだった。つまり、仲間だと思っていなかったんです。だから依頼という言葉を使った。そう思ったんですが……」
「変だな。土御門家の排除は共通の目的のはずだろ」
「そのはず、なんですけど……」
 紺野は言葉を尻切れにし、下平は腕を組んで低く唸った。
「もしかして、蘆屋は土御門家へ復讐するつもりがない、のか……?」
 安倍晴明と蘆屋道満の因縁は、史実かどうかは置いておいて、一般的に知られている。けれど、土御門家と賀茂家の間にあるらしいそれと同じく、宗一郎が言ったように「いつの話だ」と言いたくなるほど昔の因縁だ。だとしたら、蘆屋家の目的は土御門家への復讐などではなく、両家の因縁を利用した、草薙への制裁だった。もちろん、この世を混沌に陥れるという計画のためでもあるだろうが。
「それか、他に土御門家に恨みを持つ者がいる。あるいは、平良個人の認識という可能性も」
「ああ、それもあるな……、でも、依頼って言うかぁ? 標的基準の事件関係者ってのがあるんだぞ?」
 訝しい声で疑問を投げられ、紺野は答えの代わりに悩ましい声を漏らす。可能性としては、どれもありそうだ。
 敵側の最終目的は「この世を混沌に陥れる」ことだと推測されている。その理由は「この世を憎んでいるから」意外に挙がっていない。これが正しければ、平良たちはもちろん、蘆屋家も犯罪被害者、あるいは遺族。平良たちからすれば、仲間だと認識してもいいはずだ。あるいは平良個人に「仲間」とする基準があるのか。
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