第7話

文字数 2,905文字

「紺野さん、良親って、相当大雑把というか適当というか面倒臭がりというか……」
 ほぼほぼ同じような意味の言葉を並べ立て、北原は顔を歪めた。
「なんだそりゃ。どうした?」
「それが、電話帳なんですけどね、登録数が百二十六あるんですよ」
「百二十!? どういう交友関係……あーそうか。ホストクラブだったか」
「ええ。ざっと見る限り、源氏名っぽい名前と女性が多いので。でも、それだけあって全くグループ分けされてないんですよ。通話履歴を見たら、最近だと平良や譲二、あと冬馬たちですね。他は特定のホストや女性としかしていないので、登録してそのまま放置してるみたいです」
「整理してねぇのか」
「ええ。それなのに、写真や動画はここ最近のものしかないんです」
「最近?」
「はい。見たところ店で撮ったものだと思うんですけど、いつも撮ってるのならもっとあってもいいんじゃないかと」
「消してたのか」
「どうでしょう。普通ならパソコンに移したりすると思うんですけど、こう雑だとそれも有り得るかもしれませんねぇ……」
 北原は何とも言えない声で唸った。一般的に、長期間連絡を取らない相手の連絡先などは消去したり、グループに分けるなどして整理するものだと思うのだが、皆が皆そうではない。良親もその一人だったらしい。そうなると、他のアイテムの扱いも雑なのかもと思ってしまう。けれど接客業、しかも人気商売であるホストが客と撮った写真を消去するとは少々考えにくい。いくら雑な性格とはいえ、店長なのだ。
「パソコンか……やっぱ下平さん案件だな。それも相談してみるか」
「はい」
「他は何かないか?」
「他は……メッセージも確認したんですけど、こっちも年単位で放置されてるものがありました。特に女性との。相手は退室しているのにそのままです」
「……どんだけものぐさなんだよ」
 写真や動画は消されているかもしれない。
「平良とは?」
「見当たりません。あと冬馬たちも。譲二はしていますけど、事件に関係するようなやり取りはなかったです。メールも特に」
「証拠が残るし、電話だったかさすがに消したんだろうな」
「ええ。こう見ると、冬馬と逆のタイプですね。付き合いがあったとは思えないくらいです」
「系列店の店長同士だから仕方なくってところか?」
「でも樹くんと冬馬の関係に妙に詳しかったですよ。それに命を狙うほどです。仲が良かったわけじゃないにしろ、お互いのことをよく知るくらいの付き合いはあったんじゃないですか」
「確かにな」
 初めてアヴァロンで冬馬を見た時、実に胡散臭い男だと思った。信用ならないと。けれど昨夜の下平からの報告と今日の彼を見て、その印象はがらりと変わった。北原も同じなのだろう。店の経営に真面目で、仲間を必死に守ろうとする男。
 あの日、すでに陽の誘拐は計画されていた。イツキを探しに来たと聞いていたとはいえ、刑事だと察して警戒したのだろう。イツキのことは口実かもしれない、どこから情報が漏れるか分からないと。警察に知れれば、人質にされている女性たちに危険が及ぶ。樹の情報を探る目的もあったのだろうが、イツキの話から逸らせないように、こちらが食い付きそうな情報を混ぜて一芝居打った。
「で、結局良親が冬馬を狙った理由って何なんだ?」
「それです。陽くんの話からじゃはっきりしませんね。生まれながらにして全部持ってるとか手放したとか、どういう意味なんでしょう」
「樹のことだと意味が通らねぇよな。そもそも冬馬は何者なんだ。樹を雇ってたって、いくら店長だからってそこまでの経済力があるとは思えねぇ。しかもあいつ、初めて会った時ブランド物のたっかい時計着けてやがったんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ。百万はざらにするスイスのブランドだ」
「……クラブの店長って、そんなに給料良いんですかね?」
「まさか、ホストじゃあるまいし。下平さんは少年課だから、何かないとそういう話にならねぇだろうけど……あ、でもあいつの名字すら知らねぇな」
「そういえばそうですね。下平さんの口からも一度も出てないですもんね」
「下平さんは連絡先も知らねぇらしいし、でも樹は知ってるんじゃねぇか?」
 紺野は一旦言葉を切り、静かな口調で続けた。
「相当、親しかったみたいだしな」
 下平から聞いていた話と、樹の口から語られた三年前の出来事。
 樹は言った。ついさっきまで記憶がなかった、と。記憶のない樹からしてみれば、裏切られたと思って当然の状況だった。慕っていただけに余計傷付いただろう。そんな中、彼はどんな気持ちでアヴァロンへ行き、事件の推理をしたのだろう。
 樹の説明は、確かに彼が知る人物像と状況から判断したものではあった。しかし、時折顔を覗かせる冬馬と智也、圭介たちを信用するような言葉は、記憶が戻るまでの彼の心の揺れを如実に表しているように思えた。
 そして、あの会話。
「まあ、今さら勘ぐっても意味ねぇか」
 もうこの事件は終わっている。冬馬も命を狙われることはない。
「樹くん、気持ち悪そうな様子、なかったですね……」
 不意に北原が呟いた。そういえば下平が言っていた。樹が嘘を付かないのは、気持ちが悪いからだと言っていた、と。
「そうだな」
 あの別れの言葉は、まぎれもなく本心だ。
 北原がいつもの三倍はある溜め息をついた。
「ほんっと、ムカつきますね」
 唐突に吐いた悪態に、紺野は苦笑した。
「ゲームってなんですかゲームって。頭おかしいですよ、あいつ!」
「何やらかして捕まったんだろうなぁ」
「樹くんを探してた理由から察するに、暴行か傷害あたりじゃないですか? 何にしてもイカれてます!」
 北原にしては珍しく言葉遣いが乱暴だ。かなりご立腹だな、と思ったらしぼんだ風船のような声で言った。
「樹くんたち、今からあんな奴らと戦うんですよね……」
 やはり気掛かりは同じか。そうだな、と同意し、紺野は重苦しい空気を払拭するように話題を変えた。
「それにしてもあいつら」
 北原が振り向いた。
「真面目なんだかふざけてんだか分かんねぇ連中だな」
 この状況でよくもあんな冗談を言えるものだ。しかも千代までネタにするとはどんな神経をしているのか。呆れ声でぼやいた紺野に、北原が怯えた表情を浮かべた。
「俺、宗史くんの印象変わりました……」
「あいつシスコンだったんだな。しかもあの様子じゃかなり重症だぞ。北原、お前桜と会う機会があっても手ぇ出そうとか思うなよ」
「思いませんよ、確実に呪い殺されるじゃないですか。……でも、宗史くんの妹だったら物凄く可愛いでしょうねぇ」
 北原の緩んだ顔が視界の端に映り、紺野は冷ややかな眼差しで前を見据えた。
「お前が不審死したら、俺がちゃんとあいつ捕まえてやるからな。安心して呪い殺されろ」
「だから出しませんってっ。なんですか安心して呪い殺されろって、俺が死んでもいいんですか!?」
「お、自販機発見」
「あっ、無視した酷い!」
 北原の苦言を聞き流し、紺野は自販機の前に車を滑り込ませた。
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