第1話

文字数 8,807文字

 割り当てられた部屋は、影正(かげまさ)と泊まった二人部屋ではなく、八畳ほどの個室だ。ベッドやデスク、クローゼット、チェスト、エアコンなど最低限の家具は揃っていて、十分過ぎるほど快適だ。
 京都に戻って三日目の午前中。大河(たいが)は宿題をノルマのページまで終わらせると、影正のノートに手を伸ばした。昨日、宗史(そうし)に真言のことを聞かれたのが原因だ。暗記は得意ではないが、そうも言っていられない。
 とりあえず、と大河は表紙をめくった。ノートを渡されてから一度目を通してはいるが、術や心得などの部分だけで用語のページはすっ飛ばしていた。
「え、霊感と霊力って違うの?」
 初っ端からつまずいた。これはまずい。
 霊感――霊を感じる、視認する力。
 霊力――霊的な力を行使する力。霊力がある者は霊感も持ち合わせるが、霊感のある者が霊力も持ち合わせているとは限らない。
「あ、なるほど」
 つまり、霊が見えるからと言って陰陽術が扱えるわけではないということだ。
「まあ、確かに見える人の話はよく聞くもんな」
 見えるだけで陰陽術が扱えるのなら、日本全国陰陽師だらけだ。
「邪気、悪鬼、浄化、調伏……浄化と調伏って何が違うんだっけ?」
 そう言えば詳しい説明はされていない気がする。
 浄化――邪気を消し去ること。悪鬼ではない霊を、浄土へと導くこと。
 調伏――悪鬼など、不浄な者を魂ごと消滅させること。二度と生まれ変わることはない。
「へぇ、似たように聞こえるけど違うんだ。えーと、霊符、結界、五芒星、独鈷杵(どっこしょ)、この辺りは分かる……」
 上から順に指でなぞりながら目を滑らせる。
「共鳴?」
 初めて耳にする言葉だ。
 共鳴――悪鬼の思念などを共有すること。共鳴した者は、負の感情を強制的に増長させられ、新たに悪鬼を生む。特に、感受性の高い者、悪鬼と同じ思いを持つ者、悪鬼化した者に対し思い入れが強い者などが共鳴しやすい。
「悪鬼と思いを共有……」
 悪鬼化してしまった負の感情や亡くなった人の魂は、憎しみや恨みにまみれている。そんな悪鬼の思念を共有するなんて、想像しただけでも恐ろしい。負の感情のおぞましさは、身に沁みている。
 大河はふっと小さく息を吐いて、さらに指を滑らせた。
「式神、変化(へんげ)……変化って……」
 変化――式神が術者の霊力に比例して獣型に変化すること。形は式神によって異なる。獣型に変化できてこそ一人前の証であり、陰陽師の歴史の中でもごくわずかだと言われている。
 そう言えば、日記の中にもそんなようなことが書いてあった。確か、(きば)は獣型に変化できていたはずだ。では影綱(かげつな)は「ごくわずか」の中の一人だったのか。
「ほんとに優秀だったんだ……」
 大河は椅子の背にもたれた。
 あんな田舎の島で、晴明に寵愛を受けるほどの霊力を持って生まれた。陰陽師であるにも関わらず鬼と交流を持ち、あまつさえ晴明の命に背いて封印する道を選んだ。そして、千年の時を経た今でさえ、契約が切れた式神からも慕われるような人物。
「……出来過ぎだろ」
 影綱は、学がなかったと書かれていた。文字の読み書きと同時進行で陰陽師としての訓練をしていたという。その努力が実を結び、優秀な陰陽師として活躍した。
『影綱の霊力を受け継いだというのは伊達じゃなかったってことだ』
 島で宗史が言った台詞が頭をよぎった。
 彼の霊力を受け継いでいると言われても、今の自分の実力でそれを実感することはできない。確かに陰陽師の家系だと知ったのも、訓練を始めたのもつい先日だ。急ぐことはないと分かっているし、宗史や晴、(いつき)や他の皆も褒めてくれる。けれど、まともに行使できるのは結界くらいで、他は中途半端だ。
 彼と、同等のレベルを期待されているのだろうか。もちろん期待されるのは嬉しい。けれど、これから先ずっと、影綱と比べられるのだろうか。見たことも会ったこともない、もう、この世にいない先祖と。
「……」
 大河は頭を掻いた。
 何だろう、この気持ちは。何か、もやもやする。
 と、側に置いていた携帯が着信を知らせた。「母さん」の表示。
「もしもし、俺」
「大河? おはよう」
「おはよう。どうしたの?」
 大河はノートを閉じて、ちょうどいいから一息つこうと部屋を出た。
「どうしたのって、あんたね。昨日、独鈷杵探せって連絡してきたでしょ。もう忘れたの?」
「そうだった。なんか色々あってさ。それでどうだった? 見つかった?」
「それがね、家中探したんだけどやっぱり見当たらないのよ。どこにやったのかしら」
「まさか捨てたとかってことはないよね」
「それはないでしょ。代々受け継いできた物なんだから」
「父さんはじいちゃんから何も聞いてないの?」
「聞いてないって」
 階段を下りてすぐの玄関では、(はな)が宅配業者から荷物を受け取っている。クール便で大きな段ボール箱が二つだ。通販か何かかなと頭の片隅で考えながらゆっくりと階段を下りる。
「んー……」
 と、玄関から華がこちらを見上げた。唸りながら首を傾げると、華は受け取った箱を指差した。
「母さん、ちょっと待ってて」
 箱がどうしたのか。大河は一旦会話を切って階段を下りた。
「どうしたんですか?」
「ごめんね邪魔して。もしかして、今お母様と電話してるのかなって思って」
「うん、してますよ」
「お話し終わったら代わってもらっていい? お礼言いたいの」
 華にそう言われて箱の送り状を見ると、影唯(かげただ)の名で品名が野菜と書かれていた。そういや送るって言ってたなと思い出す。
「あ、じゃあ今いいですよ――母さん? あのさ、華さんが荷物のお礼言いたいって言ってるから代わるね」
 はい、と携帯を差し出す。
「良かったの?」
「大丈夫です。急ぎじゃないんで」
 そう? と言いながら華が携帯を受け取ると、大河は段ボール箱の一つを抱え上げた。
「これ、向こうに運んでおきますね」
「ありがとう、助かるわ――もしもし、私、青山華と申します。今お荷物受け取りました、ありがとうございます――」
 いいえそんな、色々お手伝いしてくれて助かっています、などと好印象な報告をしてくれる華に、大河は心の中で親指を立てた。
 それにしても、と二つ目の段ボールをダイニングテーブルに置きながら思う。いくらなんでも段箱二つは多すぎやしないか。確かに人数は多いし、皆それなりに食べはするが、これはおそらく一番大きなサイズの箱だ。これだけの量の野菜をどうしろと。
 これはしばらく野菜中心メニューかなぁ、と心で溜め息をつくと、風呂場の掃除が終わったらしい夏也(かや)が入ってきた。
「大河くん。それ、どうしたんですか?」
 真っ白なTシャツにショートパンツ姿の夏也は、初め男と間違えていたのが嘘のようにしっかり女性だ。格闘技をしているだけあってほどよく筋肉がつき、贅肉がほとんどついていない。それでも触れれば柔らかそうなすらりと伸びた足は滑らかな曲線を描いている。やっぱり筋肉質で筋張った硬い男の足とは違う。
「大河くん?」
 目の前でじっと見つめられながら首を傾げられ、はっと我に返る。つい足に見とれてしまった。
「じ、実家から届いたんです。野菜らしいですよ。開けてみます?」
「お野菜ですか。じゃあ、早めに冷蔵庫に入れないといけませんね」
「ですよね」
 平静を装っているが装えてないことは分かっている。誤魔化すように一気に封をしているガムテープを剥がした。クール便だったため中に籠っていた冷気が流れ出す。
「ああ、美味しそうですね」
 夏也の口調は相変わらず単調で無表情だが、それでも訓練を通じて少しは慣れてきたのか、表情がほんのわずかに柔らかくなったような気がする。色が綺麗ですね、と言いながら野菜を取り出す夏也を見て、大河は口角を上げた。
「でも、この量冷蔵庫に入ります?」
 業務用かと思うサイズの冷蔵庫だが、買い溜めしてある他の野菜も入っているのだ。さすがに無理なのでは、と思っていると華が入ってきた。
「本当にありがとうございました。さっそく今日からいただきます――いえこちらこそ。じゃあ大河くんに代わりますね」
 やっと終わったらしい。女同士の電話は長い。大河は携帯を受け取り、ソファの方へと移動した。きゃあ美味しそう、と華の悲鳴に似た歓喜の声が届く。喜んでもらえて何よりだ。
 華の声で、庭で遊んでいた(あい)(れん)(しげる)と一緒に興味津津な顔で入ってきた。大河はソファに座りながら微笑ましげに見つめる。
「もしもし、代わった」
「ああ大河。さっきの華さん、いい人ねぇ。しっかりしてて喋り方も丁寧だし。あんな人がいるなら安心だわ」
「うん、皆いい人だよ。良くしてもらってる」
 脳裏を掠ったことは、今は忘れることにした。
「それより、独鈷杵だよ。他に心当たりないの?」
「お父さんとも話したんだけどねぇ。これといって特にないのよ」
「メモとかなかったの?」
「もちろん探したわよ。ないわねぇ」
 大河と雪子(ゆきこ)が同時に溜め息をついた。これはまた山口に帰って家探しするしかないのか。省吾(しょうご)たちにも頼んで、人海戦術でしらみつぶしに。
「分かった。宗史さんたちに相談してみるよ。もし帰るようなことがあったら連絡するから」
「分かったわ。こっちももう一度探してみるわね」
「うん、よろしく。じゃあね」
「大河、気を付けなさいね」
「うん、ありがと」
 通話を切り、輪ができたキッチンに戻ると、何やら別の段ボール箱が二つ用意されていた。
「これどうするんですか?」
「ああ、大河くん。これね、もう一つは(あきら)さんと宗一郎(そういちろう)さんのところの分なんですって。住所が分からないからこっちにまとめて送ったそうなの。だから分けて届けて来ようかと思って」
「なんだ、それなら送る前に聞けばいいのに。もー、手間かけてんのはどっちだよ」
 しかめ面でぶつぶつとぼやく大河に、夏也がぽつりと言った。
「そんな風に言っては駄目ですよ」
 いつもの単調な口調なのにやけに重みがあるように聞こえ、大河は頭を掻いた。そうだ。我儘を聞いてもらった上に、息子を頼むという親なりの気遣いに愚痴を言える立場ではない。
「ごめんなさい……」
 しゅんとしぼんだ大河に、夏也は「いえ、こちらこそ言いすぎました」と告げて寮の分の野菜を野菜庫に詰め込み始めた。
 よく、親元を離れると有難みが分かると言うが、夏也はそれをきちんと理解しているのだろう。
 不快にさせたかな。ちらりと夏也を見やるが、相変わらずの無表情で分からない。表情が柔らかくなったように見えるとは言え、機微を見分けられるほどまだ彼女のことを知っているわけではない。
「大河くん、大丈夫よ。夏也、気にしてないから」
「でも……」
 気にしていないように見えないのは、こちらに負い目があるからだろうか。
「初めのうちは分かり辛いだろうけど、そのうち分かるようになるわ。大丈夫」
お野菜分けちゃいましょう、と言って華はもう一つの箱を開けた。大河は用意されていた箱を組み立てに入る。しゃがみ込んでのろのろと箱を広げた。
 寮にいるということは、何かしらの理由があるのだ。ただ霊力があるからここへ来たというだけならばともかく、(すばる)のように親がらみの理由があるのだとしたら、さっきの一言は確実に不用意な発言だった。
 大河は重苦しく溜め息をついた。昴の事情を知っていたのだから察することもできただろう。何で俺ってこんななのかな。
「大河くん? どうしました?」
 広げた箱の向こう側から、夏也がしゃがんで顔を覗き込んできた。
「わっ、びっくりした」
「すみません」
「あ、いえ、大丈夫です」
 夏也は段ボールをひっくり返した。
「……こっち、押さえておきます」
「ああはい」
 大河は夏也の方から自分の方へ向けてガムテープを貼り付ける。
「さっきの……」
「え?」
「すみませんでした。大河くんは悪くないので、気にしないでください」
 夏也は貼り付けたガムテープを押さえてしっかりと止め、段ボールをひっくり返す。そしてもう一つの段ボールを取り、底を上にして口を閉じた。黙々と手を動かす夏也につられ、大河も無言でガムテープを貼り付ける。
「私は、感情があまり出ないので」
「え? あ、はい?」
 何の前触れもなく話を始めるのは癖なのだろうか。それともこちらの察知能力が低いからだろうか。
「分かり辛いと思いますが、よろしくお願いします」
「……」
 ガムテープを押さえて箱をひっくり返す夏也を、大河は呆然と見つめた。
 感情も読めないが心情も読み辛い。何故今さらそんなことを言うのか分からない。
「えっと……」
 こんなことを言うと失礼だろうか。いやでも自覚はあるみたいだし、よろしくと言われたからには言っても構わないと解釈しよう。大河は夏也を見つめたまま、思ったことを口にした。
「夏也さん、確かに分かり辛いけど、でも訓練とかものすごい丁寧に教えてくれるし、俺楽しかったし。それに、夏也さんのこと分かるようになりたいと思ってるから、こちらこそお願いします」
 言って、あれ? と思った。口説き文句的な台詞を吐いたような気がする。いや、気がするのではなく、吐いた。その証拠に、夏也の目がわずかに丸くなっているように見える。初めて夏也さんが今何を思ってるか分かった、と喜んでいる場合ではない。
「や、あの……べ、別にその変な意味じゃなくてですね、仲間としてって言うか、その……」
 じっと見つめてくる夏也の視線がいたたまれない。寮に入るなりいきなり女性を口説くような男だとはさすがに思われたくないが、どう説明すればいいのか分からない。
 視線を逸らしてもごもごと言い訳をする大河に、夏也の口から小さく息が漏れた。今、笑った? 反射的に視線を戻す。
「ありがとうございます」
「……いえ……」
 呆然と呟くと夏也は立ち上がり、組み立てた段ボールを持って華の元へ行った。
 口調は変わらない。しかし、人間ってそんな微妙に筋肉を動かせるのかと思うほどほんのわずかだったが、確かに夏也の口角は上がっていたように見えた。これまで何度か皆で笑う場面はあったが、夏也の印象はない。もしかして笑っていたのかもしれないが。
 夏也さん、ちゃんと笑ったら可愛いだろうなぁ。
 ふとそんな思いがよぎり、同時に大河は自分に不信感を抱いた。
 京都に来てからやたらと気が多くなっているような気がする。華に桜に次は夏也か。もしかして俺って浮気性!? と自分の本性を垣間見たようで、大河は凍りついた。
「大河くん、どうしたんだい」
 しゃがみ込んだまま微動だにしない大河の肩を、茂が叩いた。
「いえ、ちょっと自分の本性に絶望してました……」
「は? 何だいそれ」
「何でもないです。それより何か」
 ゆらりと顔を上げた大河に若干引きつつ、茂が言った。
「今、宗一郎さんのところに連絡入れたら、ついでだから大河くんも連れて来て欲しいって」
 我に返った大河は首を傾げた。
「俺も?」
「ほら、独鈷杵のこと。宗史くんと樹くんが相談してくれたらしくて、予備があるから取りにおいでって。ついでに訓練の進捗具合を直接見たいらしいよ」
「ああ、分かりました、行きます。荷物取って来ます」
「うん。表に車回しとくからね」
「はい」
 部屋に戻り、携帯と財布をボディバッグに放り込む。お守りも忘れずにジーンズの尻ポケットに突っ込んだ。エアコンを消して部屋から出ると、ちょうど部屋から出てきた春平(しゅんぺい)とかち合った。
「あれ、どこか行くの?」
 ボディバッグを斜めがけする大河を見て、春平が尋ねた。
「うん。今、うちから野菜が届いてさ、宗一郎さんたちのところに届けに行くんだ。ついでに独鈷杵の予備があるから取りにおいでって言われた」
「予備あったんだね、良かった」
「うん。春は? 宿題終わった?」
「僕はね。弘貴(ひろき)の様子見ようと思って」
「……寝てそう」
「それを言わないでよ……」
 互いに顔を見合わせ噴き出すと、じゃあ行ってきます、と大河は階段を下りた。弘貴起きてる? と寝ている前提で声をかける春平の声と扉をノックする音を背中で聞きながら、玄関を出る。
 門の前に止まっている車には見覚えがあった。公園の事件の時と同じ車だ。一瞬、辛い思い出が蘇ったがすぐに気を立て直した。運転席に茂が、助手席には華が座っている。
「お待たせしました」
「いえいえ。じゃあ行きましょう」
 後方確認し、茂はゆっくりと発車させる。
「先に明さんの方に行くわね」
「はい」
「そういえば、大河くんは両家に行くのは初めてだよね」
 ぎくりとした。そうだ、あの会合のことは皆知らないのだ。大河はシートベルトをしながらはいと答え、はたと気付いた。土御門家は初めてだから問題はないとして、賀茂家にこのまま行って大丈夫だろうか。ふとしたことから会合のことがバレないとも限らない。宗一郎の方から呼び出したのだから手は打ってあると思いたいが。
 大河はこっそり携帯を取り出したが、宗一郎との連絡方法がないことに気が付いた。逡巡し、宗史へメッセージを送る。
 後で宗一郎さんと明さんに連絡先聞こう、と思っていると宗史から返信があった。
『了解。父さんに聞いておく』
 お願いしますと返信し、気付いた。明と宗一郎の連絡先もそうだが、寮の皆の連絡先も知らない。
「ね、華さん、しげさん」
「なあに?」
「うん?」
「あの、俺まだ皆の連絡先知らないんですけど……弘貴と春は一昨日の夜に交換したけど」
「あらやだ、そういえばそうね」
「そうだったね。寮に戻ったら交換しようか。皆も一緒に」
「はい。あ」
 皆も、という言葉で一人思い浮かんだ。
美琴(みこと)ちゃんって、交換してくれますかね……?」
 あの様子では簡単に交換してくれなさそうだが。不安気に尋ねた大河に、華が苦笑いを浮かべた。
「大丈夫よ。何かあった時に必要になるから、必ず全員と交換することになってるの。あ、そうだわ。大河くんGPSも設定しておいてくれる?」
「ああ、公園の事件の時に春が見てたやつ。分かりました。って、どうやって設定すんだろ、申し込みとかいるのかな……」
 とりあえず携帯の契約会社のホームページを開こうとした時、宗史から返信があった。
『大丈夫だそうだ。俺もそろそろ帰るから、また後で』
 ありがとうございます、また後で。と返信し、大河は契約会社のホームページを検索する。
 そろそろ帰るということは、外出していたのだろう。大学か哨戒か。大変だと思う。大学に通いつつ陰陽師としても活動し、訓練も怠ることなく寮の皆の指導もこなす。大河のイメージする大学生とはかなりかけ離れている。飲み会やらサークルやらには行かないのだろうか。そもそも、見るからにモテそうなのに彼女はいないのか。しかしそれを言うなら(せい)だって同じことだし、寮の皆だって。
 茂のような年配から藍と蓮のような幼児まで、いくら陰陽師としての才能があるとはいえ、他人同士、老若男女が一つ屋根の下に集まり共同生活をするなんて、どんな理由があるのだろう。
 思いがけず知ってしまった昴のいきさつからして、他の皆も似たような事情を抱えているのかもしれないと思うと、聞き辛い。
「うーん……」
 次々と泉のように湧き出る疑問に、思わず唸り声を漏らしてしまった。華が心配そうに後ろを振り向いた。
「GPS設定って、そんなに難しかったかしら……」
「えっ? ああいえ、すみません、別のこと考えてました……」
「大河くん、さっきも何か考え事してたけど、どうしたんだい? 何か困ってるなら相談に乗るよ?」
 そう言ってくれるのは嬉しいが、皆の過去について詮索していたとは言えない。大河は苦笑いを浮かべた。
「いえ、大丈夫です。大したことじゃないし。どうしてもって時はちゃんと相談します」
「そうかい? それならいいけど……」
「あまり一人で考え込まないでね。皆いるから」
「はい。ありがとうございます」
 笑みを向けると華は納得したように微笑んで前を向き直った。
 宗一郎は、これから皆のことを知ってから自分で決めろと言った。皆を信じるか信じないか。今は、信じている。あんな事件を起こすようには見えない。けれどもし、事件を起こす原因が過去にあるのだとしたら、判断ができない。
 誰にでも触れられたくない過去の一つや二つあるだろうし、夏也のように不用意に触れて傷付けたくないとも思う。傷口を開くような真似をして、昴の時のような痛々しい顔を見たくない。
 だったら、今の皆を見て判断するしか方法がない。
 よし結論出た、と半ば無理矢理思考を逸らし、GPS設定の検索を再開した。
「げっ、有料なんだ……」
 契約会社のホームページから見つけたGPS設定に関する事項には、月額二百円の費用がかかる旨が書かれていた。大人なら月に二百円程度の出費は微々たるものなのだろうが、バイトをせず小遣いをやり繰りしている大河からしてみれば、二百円あったらスーパーで安売り1.5リットルのジュースが買える金額である。
 いやでも命には代えられないしな、と思いつつ大河は清水の舞台から飛び降りる覚悟で、申し込みページに入って申し込みを済ませた。
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