第9話

文字数 2,477文字

      *・・・*・・・*

 乗車定員は五名。だが、伊勢神宮グループは六名だ。鈴か紫苑、どちらかだけ車外というのも何だか可哀想な気がする。それに、二人にはできるだけ体力を温存していて欲しいし、せっかく華がじゃんけんに勝って新車を使う権利を得たのに。どうしようかと話し合っている春平たちに案を出したのは、志季だった。鈴が小型化すればいいだろ、と。向小島で杏がそうしていたらしい。
 現在、鈴は小型犬ほどの大きさの朱雀に変化し、センターコンソールの収納部分――運転席の華と助手席の夏也との間に鎮座している。ちなみに後部座席は、紫苑、弘貴、春平の順で、うち二人の体格が良いため少々狭い。
 揺れる長い飾り羽を眺めながら、弘貴が言った。
「大きさが変えられるとか、初めて聞いたんだけど」
 少々窮屈なのでな、あまりやりたくはないのだが、仕方ない。そう、頭の中に鈴の声が直接届く。
「新車に乗りたかっただけじゃね?」
 遠慮なく突っ込んだ弘貴へ、鈴が長い飾り羽を振り上げた。鞭のようにしなり、弘貴の手の甲にぴしっと命中する。
「いたっ」
 飾り羽というくらいだからただの飾りかと思っていたが、自在に動かせるらしい。体力温存だ。そう言い放ち、鈴はコンソールから夏也の膝にぴょんと飛び下りて伏せると、窓の外を眺めた。飾り羽が華の方まで伸びている。
「あの羽ってこういう使い方するためにあんの?」
 反射的に引っ込めた手を撫でながらぼやく弘貴に、笑い声が上がる。
「他の車から見えてしまいますよ」
 心配しながらも、夏也が鈴の体をゆっくりと撫でる。
「大丈夫でしょ。鳥のぬいぐるみにしか見えないわよ」
 鳥発言が気に入らなかったのか、それともぬいぐるみか。鈴が飾り羽を持ち上げ、ハンドルを握る華の手をさわりとくすぐる。
「ごめんごめん。くすぐったいからやめて」
「鈴、駄目ですよ。運転中です」
 華の軽やかな笑い声が響き、夏也がやんわりと注意する。鈴が飾り羽を下ろし、拗ねたように首を曲げて頭を羽の中にうずめた。やっぱり鳥だ、と思ったことは黙っておこう。
「それにしてもさぁ、誰がどこに来るのか、まったく予想できねぇのかなぁ」
 弘貴が腕を組み、うーんと唸る。
「人数的に向こうはぎりぎりでしょ? それに実力を考慮したら、単独で来る奴が二、三人いるはずなのよ。でも伊勢神宮って広いから、悪鬼がいても単独はないんじゃないかしら」
「てことは複数かぁ……」
「多くても二人ってところだと思うけど、決めつけは駄目ね。平良のゲーム発言があるから、理屈で考えると痛い目を見るかも」
「あ、そうか。てか、そのゲーム発言、ほんと腹立つよな。頭おかしいんじゃねぇの」
 顔をしかめて悪態をついた弘貴に、華と夏也が大きく頷いた。
「こちらが気付くと分かっているようですし、もしかすると、これもゲーム感覚なのかもしれません」
「あたしもそう思うわ。成功すれば良しって考えてるんでしょうね」
「それが本当だったらマジで最低なんだけど。つか、迷惑」
「同感だわ。そもそも、平良って身元は分かってるのに動機が分からないのよね。そこからして不気味よね」
「それを言うなら、樹さんへの執着もなんか不気味。強い奴を狙うなら、宗史さんと晴さんとか、いっそ当主陣狙うと思うんだけど」
「何か、他に理由があるんでしょうか……」
 ぽつりと呟いた夏也の言葉に、うーんと唸り声が漏れる。大河と満流のように、実はもっと昔に会っていた、なんてことはないだろう。平良自身が「強い奴がいると聞いて探していた」と証言している。しかし、他の理由など思い付かない。不意に、鈴が言った。
 平良とやらの動機が判明すれば、おのずと分かるのではないか?
「ああ、確かに」
 春平たちが声を揃え、華が息をついた。
「まあ、なんにせよ、樹があんなわけの分からない奴に負けるとは思えないわ」
「俺もそう思う!」
「私もです」
「僕も」
 樹の強さは、自分たちが一番よく知っている。
 弘貴、夏也、春平が強く同意し、うんうんと頷いた華は、ところでとルームミラーを一瞥した。つられるように春平と弘貴が顔を向ける。膝の上にパナマハットを置いて、車窓を流れる街の風景を眺めていた紫苑が振り向いた。
「もうこの際だから、聞いていいかしら」
「何だ?」
「今さら貴方を疑ってるわけじゃないから、勘違いしないで聞いて欲しいの。ただの確認。間違っていたら謝るわ」
 妙に念を押すな。小首を傾げる春平と弘貴とは逆に、夏也は反応を見せず、鈴はひょいと首を上げて華を見やった。
「柴が復活した時のことなんだけど」
 そんな短い説明にしばし沈黙が落ちて、紫苑から諦めたような溜め息が漏れた。
「間違いない。だが、私は知らなかった」
「やっぱりそうなのね。……大河くんは?」
「つい先日、宗史が話したそうだ」
「そう……」
 知ってるのね、と小さく呟いて華は口を閉じ、夏也は鈴の背にじっと目を落としている。何か考え込むような二人の横顔は、どこか憂いを帯びていて、とても悲しげだった。
 そんな横顔に不安が頭をもたげ、春平と弘貴は一緒に身を乗り出した。
「あの、一体何の話ですか?」
「俺らにも分かるように説明してよ」
 二人の催促に答えたのは夏也だった。
 華は、柴が復活した報告を聞いた時点で違和感を覚えており、ずっと気になっていたそうだ。そして嵐の日、明から事件の全容を聞いて再考し、後日夏也に意見を求めた。当主に確認するかどうか迷ったそうだが、もし推理が当たっていたとしても、何ら現状が変わるわけではない。それに、問題があれば宗一郎たちから説明がある。ないのなら問題ないのだろう。そう判断したのだが、ただ一つ、大河のことだけが気がかりだったらしい。
 説明を聞きながら、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚えた。紫苑の柴への思い。影正の覚悟。そして何より、この話を聞いた大河の気持ちを考えると、表現するにはどんな言葉も軽すぎる気がした。
 あまりにも残酷な思惑が、あの場所で進行していた。そして自分は、そこにいた。隗に胸を貫かれた影正の姿が脳裏に蘇り、春平は唇を噛んだ。
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