第14話

文字数 3,957文字

 宗一郎は何ごともなかったように話しを戻した。
「一連のパターンから推測すると、表沙汰になっていないだけで、玖賀真緒にも何かしらの過去があると考えられる。そこには必ず『対象』が存在する。その『対象』が誰か、当然生死も判明していない。さらに、子供の噂はともかく、犬神は禁忌の呪だ。それらを取り締まるのは、我々陰陽師の役目。呪を解くと同時に、玖賀家で何が起こっていたのか、近いうちに調査へ行ってもらう。そのつもりでいてくれ」
「了解」
 陰陽師らの緊張を含んだ返事が、リビングに響いた。
 もし、真緒も誰かを恨んでいて、まだ復讐を果たしていないのだとしたら、間に合うかもしれない。誰かの命を、救えるかもしれない。『対象』が例え救いようのない奴だったとしても、今ならきちんと償わせることができる。
 そうすれば、真緒は救われるだろうか。それとも――。
「次に、楠井家についてだが。蘆屋道満の生い立ちは……、どこまでご存知ですか?」
 宗一郎が下平たちを順に見やると、紺野が答えた。
「それなら、右京署である程度調べてきました。兵庫県の佐用町で死亡したところまで」
「そうですか。お前たちは?」
 大河からぐるりとダイニングテーブル組へと視線を動かす。調べておくべきだったか。大河は肩を竦めて、素直に白状した。
「俺は、ドラマとかの情報しか」
「俺たちは調べたことあるよな。子孫が……どこだっけ、どっかに移住したところまで」
 うん、と春平が頷き、茂たちも「僕たちも」と便乗した。茂がさらに付け加える。
「柴と紫苑には、先日歴史を教えた時に話しました」
「ああ、だからさっきアメリカと出てきたのか。なるほど」
 柴と紫苑が首を縦に振る。続いたのは、樹と怜司だ。
「僕は、文献を読み漁ってた時に知った。興味がなかったからざっと目を通しただけだけど」
「俺は樹から聞いたあとに調べました」
「仕事の時だっけ」
「ああ、待ち時間の間にな。俺が携帯で試し読みをしていて、その流れで」
 そうそう、と樹が懐かしそうに笑った。皆ちゃんと調べてるのか。ますます肩身を狭くした大河に、宗史が苦笑した。
「大河、そんな顔をするな。時間がなかったし仕方がない。あとで調べればいい」
「あ、うん」
 気を使われてしまった。大河が申し訳なさそうな顔で返事をすると、宗一郎が改めて口を開いた。
「安倍晴明と蘆屋道満の因縁は史実だ。だが、問題は子孫たちの行方と、術の継承にある。道満の死後、彼らは現在の兵庫県姫路市飾磨区(ひょうごけんひめじししかまく)英賀(あが)三宅(みやけ)に移り住んだ。しかし、その中の一人、蘆屋道来(あしやどうらい)という人物だけが、道満の生地である加古川に残ったとされている。記録によると、陰陽術や呪術などの類は子孫らに継承されず、医術だけが伝えられ、その道来という人物も医術を学び、地域の人々のために尽くしたそうだ」
 大河は、わずかに首を横に倒した。道満は、陰陽術だけでなく医術、つまり医者のようなこともしていたらしい。もしドラマやゲームでの「悪」という設定が本当ならば、何だか違和感がある。
「しかし、今から約百五十年前。ちょうど明治へと元号が変わった頃だな。楚和(そわ)と名を変えた道来の子孫は、突然姿を消した。ちなみに、蘆屋家の正当な末裔は姫路や岡山に在住されており、こちらでも確認済みだ」
 突っ込みどころは多々あるが、つまりだ。楠井家は、その道来の子孫ということになるのか。
「鬼代事件が発生してすぐ、楚和家が関わっている可能性を考慮し、こちらも望月さんに頼んで調査をしてもらった。もし楚和家が戻ってきているとしたら、おそらく加古川だろうと思ったのだが、結局見つからなかった。右近たちにも、一帯で妙な霊気や邪気を感じないか確認させたが、それも空ぶりだ。楚和家は事件と無関係か、あるいは別の場所に潜伏しているのかと思っていたが……」
 名前が変わっていた、というわけだ。名前を頼りにした調査では、見つからないはずだ。
 けれど、蘇生術を行使したのなら、霊気や邪気を感じてもおかしくない。別の場所で行使したか、戻った場所がそもそも違うのか。龍之介が満流を探した時、近所の住民は「そんな子供は見たことがない」と言っていたらしいし、草薙たちは自宅へ行っていないのだ。何にせよ、住所が特定できれば全て判明する。
 それにしても、宗一郎たちは裏で色々と動いていたのか。楠井家の行方を追い、事件の推理をして、事件が起これば指示を出し、陰陽師たちの成長を気にかける。きっとこれから先の動きもあれこれ予測しているのだろう。
 俺じゃ絶対無理、と大河は早々に白旗を上げて、一瞬だけ、あくまでも一瞬だけ尊敬の眼差しを宗一郎へ送った。素直に尊敬させてくれない宗一郎が悪い。
 うーん、と悩ましい唸り声が一同から漏れる。おやつを食べ終え、しばらくはじっと話しを聞いていた藍と蓮が、飽きたのだろう、椅子から飛び下りて和室へ入った。
 双子の背中を見送りながら、華が言った。
「でも、陰陽術は継承されなかったんでしょ? じゃあ何で使えてるのかしら。こっそり継承されてたとか?」
「そうとしか考えられないよね。僕たちが使ってる術なんて、普通は表に出ないんだから。それに、昨日の尖鋭の術の威力。あれをもし楠井親子が行使したんだとしたら、道満の子孫っていうのは嘘じゃないと思うよ。何せ晴明と渡り合ってるんだし、大河くんと同じように力を受け継いだのかもしれない」
 樹が言い終わるや否や、大河へ視線が注がれた。これは何の視線なのだろう。こてんと首を横に倒した時、藍と蓮がらくがき帳とクレヨンを持って戻ってきた。柴と紫苑の前に陣取り、それぞれらくがき帳を開く。
「あの、俺から質問していいですか」
 紺野が口を開いたとたん視線が逸れて、大河はほっと息をついた。
「はい」
「前から疑問だったんですが、大戦の時、蘆屋道満はどうしていたんですか?」
「ああ、それについては何も分かっていません」
「道満は大戦に関わっていなかったと?」
「一応そう伝えられています。裏で蘆屋道満が暗躍しているのではと思われていたらしいのですが、きっかけを作った千代、その理由を知っているであろう隗は調伏され、真実は闇に葬られてしまいました。晴明が彼女に問い質したそうですが、人が憎い、とだけ返ってきたそうです。ただ――」
 宗一郎は柴と紫苑へ視線を投げた。
「何か聞いていないか?」
 二人は同時に首を横に振った。
「いや、何も」
「私もだ。奴は、頑なに喋らなかった」
 即答だ。そうか、と宗一郎は残念そうに呟いて、腕を組んだ。隗といい千代といい、一体何があったのだろう。
「彼らは、どうも口が堅いな」
 一つぼやいて、宗一郎は続けた。
「楠井親子が、何故今になって戻ってきたのか。その理由は、今のところこの世と土御門家への復讐と見ている。隗の口から、混沌に陥れる手伝いをしろと出ている以上、真実である可能性は高い。しかし、念のために調べてみる価値はあるかもしれない。現在、楠井家は十中八九無人だ。こちらの調査を、紺野さんたちにお願いしたい」
 えっ、と驚いたのは、美琴を除いた学生組だ。
「いくら無人といっても、危険じゃないすか?」
 テーブルに身を乗り出して弘貴が意見し、大河たちがうんうんと頷いた。
「ああ、確かに安全とは言い切れない。そこで、栄明さんに同行してもらい、さらに使いを付ける。彼も陰陽師だ、心得ている」
 栄明も術を使えるのか。土御門家の人間なのだから驚くことではないが、ちょっと想像できない。
「あの、使いとは?」
 熊田が問うた。
「精霊のことです。右近」
 右近はおもむろに右腕を持ち上げて、手の平を上に向けた。すぐに水の塊が出現し、手の平サイズの龍を形作った。刑事組と大河から、おお、と驚嘆の声が上がる。藍と蓮が目を輝かせ、素早く立ち上がった。
「昨日、椿が戻ってきた時に見た火の玉みたいなのって、もしかしてこれ?」
 すいと空中を滑って藍と蓮の元へ飛んだ水龍を目で追いながら、大河が誰にともなく尋ねる。
「ああ。精霊が宿っているんだ」
「すげぇ、そんなことできるんだ」
 当然のように答えを返したのは宗史だ。きゃっきゃと甲高い声を上げて水龍へ手を伸ばす双子に、誰もが穏やかな笑みを浮かべる。堅苦しい空気が、少しだけ緩んだ。
 と、蓮が何か思いついたようにらくがき帳とクレヨンを抱え、浮遊する水龍を見上げた。スケッチするようだ。それを見た藍が倣うと、水龍がすいと下降してテーブルに着地した。精霊というのは気が利くらしい。
 双子が再び床に座り、水龍のスケッチに夢中になったところで、大河は宗一郎を見やった。
「宗一郎さん。調査するの、どうして俺たちじゃないんですか?」
 安全と言い切れないと言いつつ、栄明と使いを付けてまで紺野たちを向かわせるのは、どうも腑に落ちない。
「その理由を、今から話そう。大判の日本地図があればいいが……」
「ああ、それならありますよ。持ってきますね」
「お願いします」
 茂がそそくさと腰を上げ、和室へ消えた。
 大河はその間に前のめりで藍と蓮の手元を覗き込んだ。初めて双子に違いを発見した。蓮はできるだけ忠実に丁寧にスケッチしているが、藍の方は何というか、自由で早い。青色の線でかたどられた龍は、異常に長く黒い髭が踊り、頭には茶色の角らしきものが刺さり、極めつけは大小様々な形と大きさをした、赤やオレンジや緑色の鱗のようなものが次々と描き込まれていく。どうして青一色の龍がこうなる。
 大河が無言のままゆっくり体勢を戻すと、宗史と晴が感心した顔で言った。
「独創的で個性的な感性だな」
「将来は芸術家だ」
 兄バカか。
「……そうだね」
 人にとやかく言えるほど絵心がないのは自覚しているので、ここは素直に同意しておく。でも色彩感覚は酷くないと思う。
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