第11話

文字数 2,160文字

      *・・・*・・・*

「まさか、また貴方と二人で出掛けることになるとは思いませんでした」
 ことごとく新車を寮の者たちに勝ち取られ、賀茂家所有の車で現場へと向かいながら、明は助手席で苦笑した。
「六年ぶりか」
「ええ」
 本来、代替わりの際に伝えられる「秘密」は、例外として賀茂家当主から土御門家次期当主へと明かされ、宗一郎の名の下で継承の儀が執り行われた。儀が執り行われる場所や日時は、他人はもちろん、家族にさえ秘匿され、知る者は両家の現当主と前当主、ほんの数名の者に限られる。まさにトップシークレットだ。
「ところで、近藤さんの事件ですが」
「うん?」
「茂さんたちの報告を聞いたご感想は?」
 ああ、と宗一郎は少し困ったように苦笑した。
「慎重なのは悪いことではない。だが、香苗の事件の時といい、判断が遅い」
 なかなか厳しい評価だ。
「貴方はいつ判断しました?」
「近藤さんが拉致されたと聞いた時だ。理由は三つ。まず一つ目。奴らが二度も同じ手を使うとは思えない。二つ目。平良の犯行ならその場で殺害しているだろうし、今回の件に合わせて挑発したにしろそうでないにしろ、樹と関係が薄すぎる」
「会ったこともありませんからね」
「ああ。そもそも、今回は誰がどこに配置されるか分からない。樹を挑発しても無駄になる可能性があるのに、わざわざ襲ったりしないだろう」
「でしょうね」
「彼が科捜研の人間であることは、おそらく加賀谷から伝わっている。しかし、彼が本部長の隠し子であり、紺野さんを捜査に戻したことは知りようがない。事件の詳細を知っているかどうかも不明。紺野さんの友人でも、敵側からしてみれば今のところただの科捜研の所員でしかない。標的基準から外れる上に、むしろ科捜研はなくてはならない存在だ。彼は、狙うには不適当すぎる。三つ目。このタイミングで貴重な戦力と悪鬼を消費するとは思えない」
 犬神事件然り、亀岡の事件然り。敵側からすれば、科捜研があるからこそ自分たちに辿り着くためのヒントを残せるのだ。被害者は犯罪者だったのだと、公にするために。
 また、大河の負の感情を増すために狙ったのだとしても、宗一郎の言うように、無駄に戦力を消費するよりは全戦力をこの戦いに投入し、こちらを一人でも多く殺害した方がより効率的で効果的だ。
 一気に話し終えると、宗一郎は溜め息をついた。
「すべては、奴らがこのタイミングで動いてメリットがあるかどうかだ。それを念頭に置いておけば、答えは容易に導き出される。敵にとって今回の戦いがどんな意味であれ、万全の態勢で仕掛けてくることは間違いないのだからな」
 少し甘やかしすぎたか、と渋い顔でぼやく宗一郎に、明は喉を鳴らした。
 慎重といえば聞こえはいいが、要は即決できないのだ。一瞬の迷いが、命に関わることもある。彼らとてそれは重々承知しているだろうが、人命がかかっている分、慎重になりすぎるのだろう。その優しさと慎重さが、裏目に出なければいいが。
「近藤さんの居場所を捜し当てた件については?」
 尋ねたとたん、宗一郎がくくっと笑った。
「今まで見たことのないくらい怪訝な顔をしていたよ。どうせはぐらかされると思ったのだろうな。何も指摘してこなかった」
「さすが、よく分かっていますねぇ」
「そちらはどうだ?」
「同じですよ。二人とも腑に落ちないと言いたげな顔をしていましたが、何も」
「上出来だ」
「しかし、いくら宗史くんでもさすがに解けないでしょうねぇ」
「こればかりはな」
「いつ話します?」
「自然にバレるまでは黙っておく。彼らに油断されては困るからな」
「承知しました。ああ、そうだ。省吾くんの連絡先、入手しましたよ。晴が知っていました」
 昨日の会合のあと尋ねると、晴はしぶしぶと教えていいかと問うメッセージを省吾に送った。変なこと省吾に教えるなよと釘を刺されたが、変なことの意味が分からない。
 ふふ、と得意げに笑うと、宗一郎は横目でこちらを一瞥し、したり顔を浮かべた。
「何を隠そう私もだ。宗史が知っていた」
「おや。貴方に自慢できると思ったんですが」
「残念だったな。彼の年であの洞察力と推理力は侮れない。やはり、夏休み中だけでもこちらへ招いて意見を聞きたいくらいだ」
「同感です。ですが、これ以上巻き込むわけにはいきませんからね」
「ああ。大河が反対するだろうな。本音を言えば、近藤さんとも直接話をしたいのだが……ああ、そういえば以前、怜司が紺野さんから頼まれていたな」
「また意外な二人がやり取りをしていますね。何を頼まれたんです?」
「散髪だ。夏美に、近藤さんの髪を切ってやってくれないかと。どうやら理容室が苦手らしくてな。伸び放題だそうだ。樹もそろそろと夏美がぼやいていたから、都合が合えばとは思うが……」
「できるならこれ以上は、ですか?」
「ああ。彼は今のところ標的基準から外れているが、むやみに私たちと接触するのは危険だ。これ以上関わらせると、狙われる確率が高くなる」
 実に惜しいな、と呟いて、宗一郎は言葉通り残念そうに息を吐いた。よほど二人を気に入ったらしい。
 これまで、近藤の推理は紺野から、省吾は大河や宗史から伝わっている。二人に陰陽師のすべての知識を与えれば、大河はもちろん、寮の者たちにとってもいい相談役になりそうなのだが。
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