第14話

文字数 2,272文字

      *・・・*・・・*

 新幹線に乗る前のことだ。
 会合があった日から帰宅していないので、桜と会うのは三日ぶりになる。土産と駅弁を物色する宗史は、ちょっと気持ち悪いくらいご機嫌だった。ああいうのを残念なイケメンっつーんだと、晴が柴と紫苑に余計なことを教えていたことはそっと心の中にしまっておいた。
 両家と寮用はもちろん、紺野たちへの土産となると、結構な荷物になる。紺野たちとはすぐ会う予定がないので、とりあえず瓦そばと一緒に寮宛てに送り、他の土産だけ持ち帰ることにした。こっそり冬馬の分も買ったことは、樹には内緒だ。下平に頼んで渡してもらおう。
 新幹線の座席は、指定席が一席と自由席が四席。指定席は満場一致で宗史に、残りが大河たちに渡った。夏休みで、しかもちょうどお盆休みの帰省ラッシュが始まったため、一席でも指定席が取れたのは奇跡だ。宗史の体調を慮ってキャンセル待ちをしたのだろう。
 自由席の客室通路は、揉まれるほどではないが席を狙う乗客で混み合っていた。そんな中に柴と紫苑を放り込むわけにはいかず、デッキでやり過ごすことにした。京都までの二時間弱。立ったまま、あるいはしゃがんで弁当を食べる羽目になった。デッキに出てくる客から浴びせられる視線は、もう慣れたものだ。
 食べ終わった頃、宗史が弁当の空箱を捨てにきたので省吾から聞いた深町弥生のことを伝えた。そうか、と一言だけ呟いた宗史の声は、どことなくやるせなかった。
 宗史が宗一郎と明へそれを報告してしばらくした頃、宗一郎からメッセージが届いた。それは、弥生のことへの返信ではなく、近藤が拉致されたという内容だった。茂、春平、弘貴、夏也が現場へ向かっているらしく、タクシーで帰ってこいとの指示が出た。
 もどかしい気持ちで京都駅に到着し、柴と紫苑は人気のない場所に移動して先に寮へ戻り、大河たちは大急ぎでタクシーを捕まえた。
 寮に到着した頃には、十時をとうに回っていた。迎えに出てくれた香苗が言うには、事件は無事解決し、茂たちは帰宅途中らしい。藍と蓮は、大河たちが帰ってくるまで待っていると頑張っていたのだが結局寝落ちし、鈴が刀を届けに、左近が報告のため訪れていた。
 先に左近からの報告を聞き、
「採用試験に落ちた腹いせって、何だそりゃ」
「逆恨みもいいとこだな」
「何年前の話なの? それ」
 などと呆れていると、ほどなくして茂たちが帰宅した。四人は、少々疲れている様子はあったものの、土産のまんじゅうを美味そうに頬張りながら、左近が去ったあとの追加報告をした。樹の恨めしげな目がちょっと怖かった。
「明日また警察に呼ばれると思うから、行ってくるよ」
 茂がそう締めくくり、ひとまずの報告は終了。争奪戦の報告は明日の午後一時からとなった。
そのあと、柴と紫苑に精気をあげるため晴に志季を召喚してもらい、その晴は鈴に抱えられ、宗史はバイクを置きっぱなしにしていたので、左近が荷物を抱えて護衛につき、それぞれ寮をあとにした。
 土産をはじめ、筋トレグッズに刀、そして影綱の独鈷杵や文献と、話題のネタは多い。しかし、時間が時間だ。飛びつきかけた皆を、茂が「また明日にしよう」と制し、帰寮組はぞろぞろと風呂へ入った。その間に独鈷杵と二振りの刀は樹たち居残り組によって眺め回され、風呂上がり、大人組をリビングに残して学生組はさっさと自室へ引っ込んだ。
 柴と紫苑に精気を与え、窓から出て行った志季を見送ってから、大河は脱力するように息を吐いた。
 帰ってくるなりバタバタだったな。そう志季が言ったように、昼間の穏やかな時間が嘘みたいに心配と不安でいっぱいの数時間だった。
 犯人をはじめ、共犯者たちの動機は非常に身勝手なもので、近藤もいい迷惑だっただろう。その近藤については――できれば考えたくない。茂たちの話を聞く限り、彼は樹と同じタイプだ。ただ、社会人として、しかも警察組織に属しているのなら常識はきちんと持ち合わせているだろうから、樹ほど横暴な人ではないだろう。と、信じたい。
「とにかく、皆無事で良かったよな」
 鬼代事件でなくとも、殺意を持つ人間と対峙する危険性は変わらないのだ。さ、寝よ。大河は一人ごちて電気を消し、ベッドにもぐりこんだ。
 荷物の整理は明日でいい。筋トレグッズはリビングにある。影正が使っていた刀の手入れの道具は、さっき柴と紫苑に渡した。今日は訓練ができなかったので、明日はその分を取り返さないといけない。撮った動画をテレビで見られるか怜司に聞いて、それからあとは。
「あー、宿題」
 小さく一人ごち、顔を歪める。嫌なことを思い出した。突然の帰郷は予定になかったから、もう一度計画を立て直さないと。弘貴たちはどのくらい進んでいるのだろう。宿題もそうだが、秘術の方も気になる。
 大河は眉を寄せて、ごそりと寝返りをうった。
 帰ってきてからずっと、春平の様子がおかしかった。
 お互いに、おかえり、ただいまと挨拶をした。土産を渡せば、これ美味しいねと言ってくれた。樹たちに手渡した独鈷杵を見て、本当に水晶なんだ、綺麗だねと笑っていた。けれど心ここにあらずといった感じで、無理矢理笑っているように見えた。
 あれは、やっぱり自分のせいなのだろうか。
 自分にはどうしようもない。だから、寮を出発する前も今も、できるだけ気にしないように、いつも通りに振る舞ったつもりだけれど、春平からはどう見えたのだろう。
 今までどんなふうに春平と接していたのか、分からなくなる。
 大河は布団を頭からかぶって、ぎゅっと目を閉じた。
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