第5話

文字数 5,951文字

 部屋にこもってからすぐ撮った写真を加工し、雪子(ゆきこ)と、省吾(しょうご)たちのグループメッセージへ写真を送った。とはいっても、皆の名前を付け加えただけだが。すると雪子からは「皆さん元気そうで安心したわ。またお野菜送るから、たくさん食べてね。皆さんによろしく」と返ってきた。一方省吾たちからは「美男美女に囲まれて楽しそうだなコラ」「おじさんたちから話は聞いてたけど、ほんとに美男美女ばっかりだね。ムカつく」「ほんとに皆かっこ良くて綺麗な人ばっかりだね。美琴(みこと)さんと(すばる)さんの顔がまた見れて嬉しい。またお話したいな。大河(たいが)お兄ちゃんも元気そうで安心したよ。皆さんによろしくね」と返ってきた。
 ヒナキはともかく、なんで喧嘩腰の上にムカつかれなきゃいけないんだ。安心して欲しくて送ったのに。言われてみれば確かに美男美女揃いだが、だからといってムカつかれても困る。
 想像とは違う反応を不満に思いつつ、大河は宿題を片付けた。ついでに昨日から気になっていた掃除に手を付ける。窓を開け、机の上を片付け、ベッドを整え、あとは掃除機をと思ったところで、ふと思い出し携帯を手に取った。独鈷杵はどうなったのだろう。
 外に漏らすなと言われているが、影唯(かげただ)たちに確認させたのなら問題ないだろう。
昨日も連絡がなかったし、メッセージにも何も書かれていない。やっぱりなかったのか。しかし、他に心当たりはないし、もしかしたら未開の山の中かもしれない。高い場所であまり人が入らない場所という条件だったから、神社だと思ったのだが。一体、日記のどんな記述を読んでそう思ったのか。
 大河はメッセージアプリを開いて、「独鈷杵どうだった?」と一言だけ影唯に送り、掃除機を取りに部屋を出た。
 その後、影唯からの返信はなかった。


 昼食を終え、ペットボトル片手にさてそろそろ訓練をと皆が動き始めた頃、宗史、晴、陽、そして閃が揃って寮を訪れた。
「どうしたの? 閃も一緒なんて、珍しいね」
 いの一番に庭へ出ていた大河が首を傾げると、宗史はぐるりと視線を巡らせた。
「報告があります。全員、戻ってください」
 改まった指示に、誰もが不思議そうな表情で室内へ引っ込む。ほらお前も、と宗史に促され、晴と陽に続いて大河も靴を脱ぐ。
 何かあったのだろうか。
 微かな不安が、胸をかすめた。
 晴が陽の隣に座り、閃がその背後に控えた以外はそれぞれ会合の定位置だ。さっそく宗史が切り出した。
「結論から言います。本日の午前十時半頃、明さんが任意同行をかけられ、現在右京署にて取り調べを受けています」
 は? という声も出せず、皆が唖然と宗史を見つめた。双子と、言葉が理解できない(さい)紫苑(しおん)が小首を傾げる。宗史が二人に視線を投げた。
検非違使(けびいし)に連行され、話を聞かれているという意味だ」
 柴と紫苑の目が鋭く細められた。警察ってけびいしって言うんだ、へぇ、と混乱からおかしな部分に感心する大河を横目に、樹が口を開いた。
「任意なんだよね?」
 はっと我に返り、大河は宗史を振り向く。混乱している場合ではない。
「はい。任意です」
「それなら心配いらないと思うけど――ああ、任意同行に強制力や拘束力はないんだよ。あくまでも、お話を聞かせてくれませんかっていう『お願い』だから」
 樹の説明に、柴と紫苑は分かったというふうに頷いた。
「で、理由は?」
 先を促した樹から宗史へ、一斉に視線が移動する。
「矢崎徹さんが殺害された日時のドライブレコーダーに、明さんの姿が映っていたそうです」
「――は?」
 さすがに揃って間の抜けた声が漏れる。再び宗史が柴と紫苑へ視線を投げた。
「ドライブレコーダーというのは」
「よい、分かる」
 柴が言葉を遮ると、宗史が意外そうに瞬きをした。横から大河が口を挟む。
「昨日、動画番組見てたんだよ。今朝も色々あって、携帯で動画とか写真が撮れること話したから」
 動画番組には、ドライブレコーダーで撮影されたものも投稿されていた。その際、ナレーションと映像で車の中から撮影されたものであると分かったのだろう。なるほど、と宗史は苦笑した。
「それ、どういういきさつで見つかったんですか? 警察が見落としてたとか?」
 尋ねたのは弘貴(ひろき)だ。
「見つかったとだけ言われたらしいから、詳しいことは分からない。ただ、事件発生当時、防犯カメラなどの映像記録は調べ尽くしているだろうから、今さらそこから見つかったとは考えにくい」
「てことは、送られてきた?」
「おそらく」
 (しげる)が言った。
「なら、送ってきた相手が誰にしろ、映像の解析はするよね」
「そうだと思います」
 宗史たちは紺野たちから詳細を知らされているだろうが、寮内において、彼らとの関係はまだ「警察に必要のない情報だけは渡す」程度のもの、ということになっている。返事が曖昧なのは仕方がない。
「まあ、何にしても合成だよなぁ」
 弘貴の結論に、うんうんと皆が同意を示す。春平(しゅんぺい)が怪訝な顔で首を傾げた。
「となると、犯人側の罠ってことになるけど、でもなんで今頃?」
「それだよ。明さんを犯人に仕立てるなら、もっと早くてもよくね? それにさぁ、解析すれば合成だって分かるのに、なんでわざわざそんなもん送ってくんだ? 解析されない自信があるとか?」
 さあ、と春平が首を傾げる。
 二人の意見はもっともだ。何が目的なのか分からない。
「まあ、任意だし帰ろうと思えばいつでも帰れるけど、警察は間違いなく明さんを疑うだろうねぇ。うろちょろされると鬱陶しいだろうなぁ」
 樹がうんざりした顔でぼやいた。
「疑うって、何でですか?」
 大河の問いかけに、だってと樹は当然のような顔をした。
「映像が送られてきた時点で、犯人と関係があるって証拠でしょ。顔見知りなのか、一方的なのかって問題はあるけど」
「あっ、そうか」
 映像が合成であることは分かる。警察は、犯人が明を犯人に仕立てようとしたと見るだろう。となると、明と関係のある人物ではと考えるのは道理だ。ならば犯人たちの狙いは、紺野たちと同じく明への牽制。警察に張り付かれていては、何かあった時――いや、問題ないか。閃が変化できるのなら飛べる。まさか飛んで自宅を抜け出すとは警察も思うまい。だが、それはそれでますます犯人たちの目的が分からなくなった。
「明さんに恨みを持っている人物、あるいは仲間割れ、か?」
「両方だろうね」
 怜司(れいじ)の見解に樹があっさり結果を下した。
「これまでも散々明さんの身辺を調べただろうけど、さて、どうするのかな。また権力に屈するかな?」
 にやりと悪党のような笑みを浮かべた樹に、大河と弘貴、香苗(かなえ)が小首を傾げる。あ、そっか、と呟いたのは春平だ。
「顧客」
 そ、と樹が頷いた。
「両家は政治家の顧客を抱えてる。その気になれば、警察に十分な圧力をかけられるよ。証拠がないのもそうだけど、これまで動かなかったのは多分そのせいでしょ。動けなかったって言った方が正しいかな。だから、ここぞとばかりに張り切るだろうねぇ」
「うわ……」
 大河と弘貴が顔を歪めて恐々とした。警察も結局は国家機関だ。本来あってはならないし残念だとは思うが、権力に屈しなければならないのは理屈として分かる。だがそれ以上に、その権力を行使できる立場にある陰陽師家に驚きだ。政治家の顧客を抱えているのは知っていたが、陰陽師家というのは、自分が想像するよりはるかに大きな権力を持っているのかもしれない。
 田舎の高校生ごときがそんな一族の保護下にいるなんて、恐れ多い気がしてきた。しかもその御子息たちにタメ口で生意気な口を利きまくっているのだ。以前、晴に「宗史のことを次期当主だと認識していない」と聞かれたことを思い出す。――でも。
 宗史が溜め息をついた。
「何にせよ任意ですし、嫌疑をかけられても問題ありません。ただまあ、あるとすれば……」
 意味深に言葉を切った宗史に首を傾げた大河とは逆に、皆からは「あー」と察した声が上がる。
「面白がりそうだよねぇ、明さん……」
「いつ飽きるかな?」
 茂が溜め息交じりに呟き、樹がけらけらと笑った。そこなのか。警察で取り調べを受けるなど、そうそう経験できるものではない。確かに明なら面白がりそうだ。
 大河は苦笑いを浮かべる陽をちらりと見やった。先程の樹の言い回しからすると、警察は事件発生当初から明のことを疑っている。さらに任意同行され、ますます疑われるかもしれないのだ。いつもと変わらないように見えるが、内心は不安で仕方ないだろう。明にはさっさと帰ってきて欲しい。
「それと、もう一つ報告があります」
 視線を巡らせた宗史に会話がぴたりと止み、視線が集中する。
「今夜九時、氏子代表の方々を招集して緊急会合を開きます。全員、そのつもりで準備をしてください」
 はい、と一斉に答えが返る。任意とはいえ、土御門家当主が警察に連行されるなど非常事態だ。となると、あの草薙も来るのか。む、と大河はわずかに唇を尖らせる。龍之介の件もあるし、嫌疑というなら草薙の方がよほど怪しい。
「こちらからは以上です。何か報告事項はありますか」
 全員が首を横に振った。
「では、これで終了です。お疲れ様でした」
 お疲れ様でした、と揃った挨拶が上がり、さっそく各々が腰を上げる。
「皆は剣術の訓練あるから、僕と(はな)さんで離れの支度をしてくるよ。(あい)ちゃん、(れん)くん、お手伝いしてくれるかい?」
「はいっ」
 茂のお願いに双子が元気よく手を上げ、滑るようにして椅子から下りた。
「よっしゃ、やるぞー! 柴、紫苑、行こうぜ」
 弘貴の促しに、柴と紫苑が腰を上げる。木刀を取ってきます、僕も行きます、と話すのは夏也(かや)と春平。一緒に柔軟しようか、はーい、と話すのは昴と弘貴。美琴(みこと)ちゃん一緒にしよう、と気合を入れて香苗に訴えられた美琴が無言で頷いた。さてどうしようかなぁ、反応はするんだろ、と大河の訓練方法を模索するのは樹と怜司だ。
 皆がぞろぞろと庭へ出る中、宗史がくるりと大河を振り向いた。
「大河」
 大河は無言で宗史を見やる。
 いざとなったら政治家まで動かすほどの権力を持つ賀茂家。宗史は、そんな家柄の次期当主なのだ。本来自分なんぞが軽口を叩けない相手。――でも、晴は言った。
『お前みたいに、そういう目で見ねぇ奴は一緒にいて楽なんだろ』
 これまでの自分でいることが宗史にとって楽ならば、そっちの方がいいに決まっている。
「……どうした?」
 静かな問いかけに、大河はへらっと笑った。
「ううん、何でもない。何?」
 聞き返すと、宗史の口元に笑みが浮かんだ。
「略式の術はどうだ?」
「そうそう、それなんだけどさ――」
 反応はするんだけど形成しないんだよねコツとかある? と話しながら腰を上げ、縁側に向かう二人を眺めて晴と陽がくすりと笑う。
 ぽんと陽の頭に手を乗せ、晴は腰を上げた。
「そんじゃ、俺らも訓練するか」
「はいっ」
 陽くん一緒に柔軟しよー、と庭から大河に呼ばれ、陽が返事をしながら駆け出した。


 訓練中にいつもの宅配業者が来て、柴と紫苑の新しい草履が届いた。爪が鋭いため、靴下はもちろん足袋も履けない。ちくちくしないの? という質問から、草履とわらじの違いは何ぞやという話しでひとしきり盛り上がった。爪を切ってはいけないのか、と聞く寸前に髪の一件を思い出して、大河はかろうじて飲み込んだ。同じ轍を踏みたくない。
 夕方頃、土御門家の家政婦の妙子が寮を訪ねてきた。以前と同じく、藍と蓮の面倒を見るためだろう。事前に話を聞いていたらしい、柴と紫苑に対して怯えもせず丁寧に自己紹介をする姿は、さすがだと思った。
 寮の食事の時間は、それなりに騒がしくて楽しい。けれど、宗史たちと閃や妙子も一緒に囲んだ食卓は、いつもより賑やかで華やかで、こんな状況なのに――いや、こんな状況だからこそ、皆いつもより騒がしかった。
 片付けを終えて一息ついた、八時半。そろそろ氏子の人たちが到着する頃だ。
 離れの門を開けてお出迎え、裏の駐車場への誘導、電気を点けて最終チェック、お茶の支度と忙しく役割分担をする一方で、晴と陽は二階の一室に籠った。また柴と紫苑については、呼ぶまで廊下で待機するようにとの指示が出た。来るなり鬼二匹とご対面では氏子の人たちも驚くだろう。
 宗一郎と律子(りつこ)が到着し、全てが整って続々と氏子の人たちが到着する中、一人の来客があった。
「はーい」
 ちょうど離れへ行こうと廊下に出ていた大河は、小走りに玄関へ向かう。こんな忙しい時に誰だろう。少し急いてサンダルをつっかけ、扉を開ける。
「あれっ」
 初めて見る私服姿の見知った男に、大河は目をしばたいた。
「紺野さん」
 よ、と軽い挨拶にどうもと返す。
「紺野さんも呼ばれたんですか?」
 中へ促しながら尋ねると、紺野はやれやれと言った顔で扉をくぐった。
「ああ。何とか間に合ったみたいだな」
 確か、警察は昴を疑っているはず。だから紺野も捜査から外された。監視が付けられていて、振り切って来たのだろうか。
 いないと分かっているが、大河は扉を閉めながら外を見渡した。確認したのは監視ではなく。
「あの、北原さんは……」
 サンダルを脱ぎながら小声で尋ねると、紺野は「いや」と小さく返してきた。手術は成功しているから、まだ目覚めないという意味だ。そうですか、と嘆息と共に肩を落とす。
「心配すんな。あいつ結構しぶといから」
 前を見据えたまま、紺野は大河の肩にぽんと手を置いた。その横顔に憂いや心配の色は見えない。だが、心配していないわけがない。むしろ一番心配しているのは紺野だ。こちらが気遣われてどうする。大河はしまったといった顔ではいと頷いた。
 と、樹と怜司がリビングから出てきた。
「ああ、覚えのある声がするなと思ったら、紺野さんか」
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
 そのまま揃って離れへ向かう。通りすがりに覗いたキッチンでは、美琴と香苗と妙子がお茶の支度をしていた。
「あっ」
 はっと思い出してぴたりと足を止めた大河を三人が振り向く。
「どうしたの?」
「部屋の窓、掃除してから開けっ放しだった。すぐ行くんで先に行ってください」
「急げよ」
「はーい」
 踵を返しながら怜司に返事をして、廊下から階段、二階の廊下を小走りに駆ける。
 勢いよく部屋の扉を開けてひとまず電気を点け、窓とカーテンを閉める。よし、と一人ごち、再び踵を返して電気を消し、部屋を出たところで誰かが階段を駆け上る足音が響いた。誰だろう、と思いながら視線を階段の方へ投げて扉を閉めると、慌てた様子の春平が姿を現した。
「あ、大河くん」
 顔に焦りが見える。
「どうしたの?」
 問いかけた大河に、春平は駆け寄りながらそれがと前置きをして、言った。
「しげさんと華さんがいないんだよ」
「――え?」
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