第6話

文字数 1,965文字

 開戦の合図のごとく良親と下平の怒号が響き渡ると、一斉に男たちが向かってきた。
 刑事らが加わってくれたおかげでノルマは少なくてすんだが、邪気の影響を受けているのか少々しつこかった。しかし、それを見越していたのか鬱憤を晴らしているのか、樹の対応は素早く、かつ容赦がなかった。
 正面から向かってきた男に自ら駆け寄り懐に入ると、鳩尾に肘を打ち込み、間髪入れずに裏拳で顔面へ一発。さらに背後から襲った男の横腹へ強烈な回し蹴りを入れた。見事なほど綺麗にくの字に曲がっていた。続けて、男がナイフを突くようにして襲ってきた。ナイフを持っている腕の方へ避け、両手で腕を鷲掴みにして膝で蹴り上げる。呻き声を上げてナイフを落とした直後、後ろ手に捻り上げ、押し出すようにして突き放した。
「あとお願い」
 まるで怒りを噛み殺したような無表情でそう言い置いて、樹は踵を返した。
 一方、晴も容赦なかった。
「陽、お前を殴ったのはどいつだ!」
 男の腕を後ろ手に捻り上げながら晴が問うと、陽は少し離れた場所から戸惑った様子で指をさした。今まさに悲鳴を上げている男だった。
「お前か」
 完全に目が据わっている。晴は腕を掴んだまま無理矢理男をこちらに向かせると、思い切り拳を振り抜いて間髪置かずに腹に蹴りを入れた。男は胃液と鼻血を飛び散らせながら吹っ飛び、床を滑るようにして倒れた。瀕死の虫のように手足を引き攣らせる男を、晴は冷ややかに見下ろす。その冷徹な眼差しに、周囲にいた男たちが後ずさりした。
「気安く人の弟に手ぇ出してんじゃねぇ。殺されなかっただけ感謝しろ」
 そう吐き捨てると、樹と同様、あと頼むと宗史に告げ踵を返した。
 向かった先は、ピアノ。向けられる敵意を察し、良親と男は身構えた。
 余裕の笑みを浮かべる男に対し、良親は目に見えて警戒心を露わにした。樹の実力を知っているからこその反応だ。
 しかし、はっきり言って相手にならなかった。必須とされている体術は、護身術から格闘技、武術のありとあらゆる流派を取り入れてあるため、一概にこれと分類できない。だからひっくるめた意味で「体術」と言う。
 それらを幼い頃から体得しさらに有段者、あるいは資質と努力によって身に付けた晴と樹に敵うはずがない。例え相手がボクシング経験者であったとしても、だ。
「これだけ頭数を揃えておきながら不甲斐無いな。逃げるなら今のうちだぞ」
 そう男たちを煽る宗史の声が聞こえた。彼にとって陽は弟も同然、激怒するのも当然だろう。
 それにしても、と怜司は的確に相手の急所を攻撃する宗史を横目で盗み見た。不敵な笑みを浮かべて相手を煽る姿を初めて見たが、宗一郎にそっくりだ。
 やっぱり親子だなと、状況にそぐわない納得をしつつ、男の鳩尾に肘打ちを打ち込む。
 と、大河が何やら憤慨する声が響き、見やると木刀で男の腹を横殴りにしていた。体術が半端な大河では、武器なしでこの状況は不利だ。いい判断だが、へぇ、と少し意外に思った。攻撃ではなく、手にある木刀だ。てっきり例の漫画の木刀を模すと思ったが、童子切安綱に似ている。昼間に散々具現化させられていたから、馴染んだか。
 樹が見ればまだまだと首を振るだろうが、殴られても立ち向かっていく姿はなかなか勇ましかった。
 乱戦の中、良親に続いて声を上げたのは、結界内で椿の治癒を受けていた冬馬だった。その悲痛な叫びで彼らの関係が露呈し、大河の怒号が響いた。男に捕まった大河を志季と北原が助けに入り、何やら慌てた様子で紺野が北原を宥めている。
『そもそも、智也さんと圭介さんが関わってるってことも不自然なんだよ。あの二人、馬鹿みたいにお人よしだし、気が弱いから。多分、弱みを握られて脅されてるんじゃないかな』
 樹の推理通りだった。良親と対峙している樹は、どんな思いで聞いたのか。
「大河がガチ切れしたの、会合以来だな」
 あらかた床に沈めた男たちを見渡しながら、怜司は楽しげに喉を鳴らした。纏っていた邪気もすっかりナリをひそめている。
「あいつはキレるとほんとに口が悪いですね」
 宗史が呆れ顔で男の足を払い、さらに仰向けに転がして腹に拳をぶち込む。これで最後だ。陽も駆け寄ってきた。先程見た時よりも痣が濃くなっている。
「陽くん、傷大丈夫か?」
「はい」
 宗史が眉を寄せた。
(あきら)さんが怖いな。あとで椿に治癒させよう」
 声を荒げるどころか明が怒るところを見たことはないが、あの手のタイプは多分とんでもなく怖い。陽がありがとうございますと苦笑した。
 不意に結界が破られる音が響いた。椿が解いたようで、志季が引っ掴んで移動させた智也と圭介が、冬馬に頭を下げている。
 と、生木を裂くような乾いた音が、盛大に響いた。
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