第14話

文字数 2,646文字

「近藤さんはご自宅ですか?」
「ああ。さすがに昨日の今日だからな。体調も大分戻ってるみたいだぞ。明日には復帰するだろ」
「それは良かったです。他には」
「一つ。俺個人の質問なんだが、近藤の居場所をどうやって割り出したんだ?」
「ああ、そのことですか。それはですね――」
 明の説明は、常人では否定したくてもできない方法で、納得するしかなかった。
「なるほど、北原の事件が精霊の好奇心を煽ったのか」
「北原も浮かばれます」
「死んでねぇだろ」
「相棒を殺しちゃ駄目よ、紺野くん」
 下平、紺野、熊田、佐々木が緊張感のない反応をし、明が小さく笑う一方で、榎本たちはただただ唖然と携帯を見つめていた。
「以上でよろしいですか?」
「ああ」
「ではこちらから。まず、先日の向小島での独鈷杵争奪についてご報告しましょう」
 そう前置きをして語られた争奪戦は、要はこちらの勝利が決まっていたと言っても過言ではない戦いだった。とはいえ、実際に誰が来てどんな攻撃を仕掛けてくるのか分からない以上、危険だったことに変わりはない。
「――以上です」
 ちゃんと聞いてるかと突っ込みたくなるほど唖然としっぱなしの榎本たちとは反対に、紺野たちは疲れた顔で大きな溜め息をついた。
 鈴が刀倉家にいたことはふざけた写真で知っていたが、尚のことはもちろん、やっと姿を現した満流、その満流と大河がすでに会っていたこと、大河の対処法と幼馴染みの無謀さ、杏の忠誠心、皓の意味深な言葉、彼らの実力。そのすべてが驚きの展開と情報だった。そして。
 ――昴が来ていたのか。
 何も話さなかったらしいが、どんな気持ちで大河たちと対峙したのだろう。昴が、何を考えているのか分からない。
 紺野はもう一度息を吐き、頭を切り替えた。本人に聞かなければ分からないことをぐだぐだ考えても仕方ない。
「つーか明、お前な」
「すみません。内通者が判明していませんでしたから、どうしても」
 先手を打たれてしまった。ったく、と一つぼやいてみるものの、仕方ないことも分かる。犯人たちがどこに潜んでいるか分からない状態では、大河たちは迂闊に動けなかった。尚が隠密裏に動いていたからこそ、向小島の島民たちに被害を出さずに済んだのだ。
「てことは、あれか。楠井家や玖賀家の調査をしたのもそいつか」
「ええ。望月探偵事務所と協力して」
 そこは本当だったらしい。嘘をつく時は事実を混ぜると真実味が増すと聞いたことはあるが、まさにそれだ。当主ってのは質が悪い。
 渋い顔をする紺野を横目に、下平が落胆の声で呟いた。
「菊池は、駄目だったか……」
 つられるように、紺野たちからも悩ましい声が漏れる。
「かなり動揺していたことは間違いないようですが、展望台の時と同じように、彼は悪鬼を体内に取り込んでいましたから、その影響もあるのでしょう。ですが、だからこそ、あれが本音とも言えます」
 悪鬼を取り憑かせ、負の感情が増していた。大河が伝えた時には離れていたにせよ、影響は残っていたはずだ。一度蓋が開いた負の感情は、そう簡単に治まらない。もう、打つ手はないのか。
 重苦しい空気が流れる中、明は続けた。
「それともう一つ。柴と紫苑からの報告ですが、今朝潜伏場所の捜索に出かけた際、京都と兵庫の県境の山中にて、男女三人の遺体を発見したそうです」
「遺体って、まさか……」
 鬼に食われた遺体か、と言外に問うた紺野に、明はええと肯定した。
「ただし、順序が逆です。話を聞く限りでは、おそらく集団自殺かと」
「集団自殺?」
 紺野が反復し、下平たちは「えっ」と小さく驚いて身を乗り出す。
「はい。目張りされたテントの中での練炭自殺のようです。全員心臓が抜かれ、食い荒らされた跡があったと」
 誰もが息をのんだ。心臓が抜かれていたのなら、鬼に食われたことは間違いない。けれど、奴らがテントや練炭を用意してまで偽装をするとは思えない。ならば、明が言うように。
「自殺したあとに、食われたのか……」
 まさか、死後鬼に体を食われるとは想像もしなかっただろう。彼ら、彼女らの身に何があり、どこでどう出会い、何を語り、何を思って自ら命を絶ったのか。
 紺野はぐっと奥歯を噛み締めた。今の自分にとって、他人事ではない。
 下平が尋ねた。
「身元が分かるようなものは?」
「何も。わずかな小銭とペットボトル、睡眠薬と思われる錠剤。他には、テントや練炭を運んだ袋などがあったようですが、他には何も」
 自殺現場までの必要最低限の交通費と、睡眠薬を飲むための水。たったそれだけを持って、人里離れた山奥で命を絶った。覚悟の上での自殺だ。やりきれない。
 食ったのが隗なのか皓なのか、あるいは両方なのか。それは分からないが、自殺であることは見て理解できただろう。奴らは何も思わなかったのだろうか。鬼にとって人間の自殺など取るに足らないもので、ただ食料が転がっていたから食った、くらいのものなのだろうか。
 榎本が身を乗り出した。
「あの、詳しい場所を教えてください。すぐ兵庫県警に連絡して……」
「榎本」
 制したのは下平だ。やめろ、と目で告げた下平に、榎本が怪訝な顔をした。
「どうしてですか。だって」
「どう説明する?」
「え?」
「彼らを見つけた経緯をどう説明するのかって聞いてるんだ。京都と兵庫の県境、しかも山の中だ。菊池を探していて偶然見つけましたなんて言い訳が通用すると思うか?」
 至極冷静な指摘に、榎本は信じられないといった様子で目を見開いた。
「じゃあ、このまま放っておけって言うんですか?」
「今は仕方ない」
「そんな……っ」
「榎本さん」
 明が口を挟んだ。
「柴と紫苑が彼らを埋葬し、手を合わせてきたそうです。今は、それで納得していただけませんか」
 優しい口調の説得に目を丸くしたのは、榎本だけではなかった。前田たち四人も驚きの表情で携帯を見つめている。
 しばらく沈黙が流れ、榎本はきつく唇を噛んでからぽつりと言った。
「分かり、ました……」
「ありがとうございます」
 柴と紫苑のことを表沙汰にするわけにはいかない。だからといって、上手い言い訳があるわけではない。仕方がないのだ。二人が埋葬し、弔ってやれただけでも良しとしなければ――現状では、それが正しい判断だと思う。けれど、榎本の感覚が普通なのだ。悲しくも自ら命を絶った者たちに胸を痛め、家族のもとへ返してやりたい。彼らの家族や友人は心配しているだろうと思うのは、当然のことだ。それが、鬼に食われたとなればなおさら。遺体は激しく損傷しているだろう。
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