第13話

文字数 2,302文字

 それから、宗史が敷地に結界を張ることと、陽が沈む前に下山するように告げた。宮司はトイレの場所を教え、お茶のペットボトルを三本差し入れてくれた。
「どうか、お気を付けて。よろしくお願い致します」
 そう言って深々と頭を下げた宮司に、大河たちは力強く頷いた。
 拝殿を閉めるからと言った宮司と別れ、大河たちは足早に境内をぐるりと回った。水神が祀られているらしい天龍八岐龍神社、磐長比賣命神社(いわながびめのみことじんじゃ)。授与所の裏にある、一願成就の御利益があるとされる「日室ヶ嶽遥拝所(ひむろがたけようはいじょ)」に、天岩戸神社への案内板。
 今頃、皆もこうして神社の境内を見て回り、作戦を立てているのだろうか。そんなことがちらりと頭をよぎった。
 戻ってくると拝殿の扉は閉められていて、人の気配もなかった。どうやら下山したようだ。
 午後七時過ぎ。
 休憩所のベンチに腰を下ろし、すっかり汗をかいたペットボトルの蓋を捻る。やや傾きかけた太陽の日差しを浴びて、木々が長い影を地面に落としている。
「して、どうするのだ?」
「敷地全体?」
 敷地自体はそう広くなく、回りは深い森に囲まれている。集落は近いといえば近いが、結界を張っても下からはおそらく見えないか、てっぺんがちらりと覗く程度。見える人ならほのかな明かりが見えるかもしれないが、神事という理由で閉鎖しているのなら問題にはならないだろう。
 大河と左近から尋ねられ、宗史はペットボトルから口を離して一つ唸った。
「そうなるな。本殿と小宮だけという手もあるが……」
 視線を巡らせた宗史につられて、大河と左近もぐるりと周囲を見渡す。
「壊されると、まずいよね……」
「まずいな」
「だろうな」
 歴史的価値がどうとかではなく、常識的に考えてよろしくない。
「ただ、問題は麻呂子杉と御門神社だ。気にならないわけじゃないが、あの高さを収めるとなると、かなり大きな結界を張ることになる」
「じゃあ、やっぱり境内だけかぁ」
 千年以上も人々を見守ってきてくれたのに。いざという時にきちんと守ってやれないなんて。それに、あの若木も結界外になる。
「天岩戸神社はどうする。あの場所は結界が張りづらいが」
「敵の狙いは、あくまでもご神体が祀ってある本殿だからな。わざわざ狙うとは思えない。戦う時は注意してくれ」
「承知した」
「分かった」
 ここから天岩戸神社は、徒歩で二十分ほどだ。距離はあるだろうが、戦闘中はどこへどう移動するか分からない。気を付けねば。
「それと待機場所だが、左近は上から見張りを頼む」
「承知した」
「俺たちは参道で待機だ。どこから襲撃してくるかさっぱり分からないからな。どこでも同じなら、少しでも見通しが利く場所の方がいい」
「了解」
「それと、左近。大河に使いを」
「ああ」
 頷くや否や、左近は腰を上げて手のひらを上へ向け、炎を形成した。あっという間に大きくなり、朱雀へと形を変える。
「すご……、かっけー」
 出発前に小型の朱雀に変化した鈴はぬいぐるみみたいで可愛かったけれど、こちらは大きい分恰好良い。朱雀が、一度バサッと羽を広げて飛び立った。全長で三メートルほどだろうか。動きを確認するように頭上を旋回する朱雀をきらきらした目で見上げる大河に、左近が自慢げに胸を張った。
「大河」
「えっ、あ、はい」
 見惚れている場合ではない。大河は我に返り、宗史を見やる。
「敵は、必ず独鈷杵を狙ってくる。分かってるな」
「うん」
 奴らは、必ずまた独鈷杵を狙う。対峙する相手が人であれ悪鬼であれ、絶対に渡せない。
「それと対峙する相手だが、こればかりは始まらないと何とも言えない。人数的に見て、式神と鬼が同じ場所に配置されることはないと思うから、左近、頼むぞ」
「ああ。だが、椿が参戦していた場合はどうする。単独で行動させるとは思えんが」
「その場合は左近と俺で対処する。だが、可能性で言えば低いと思っている」
「何で?」
 大河が口を挟んだ。
「椿が潜入してまだ五日目だ。完全に信用するには日が浅い。参戦させたとしても戦闘中は常に監視できないし、何より戦いに集中できない。奴らからすると、リスクが高すぎる。逆に、すでに信用していたとしたら、俺たちにとっては願ったりだ。あくまでも可能性の話だけどな」
「なるほど」
 こちらからしてみると、椿が参戦すること自体が利になるが、敵側にとっては得がない。だが、敵側にはそれが分からない。まだ信用していないと仮定するならば、慎重を期して参戦させない方を選ぶ。そして潜入期間を考えると、そちらの可能性の方が高い、ということか。
「あとは他のメンバーだな。実力で分けるなら、満流と杏は一緒だろうし、昴と平良は一人も有り得る。平良のゲーム発言があるから断定はできないが、まあ、普通に考えると適当にメンバー分けをするとは思えない。戦力が偏って困るのは自分たちだからな」
「こっちには全部の場所に式神がいるし、柴と紫苑もいるしね」
「俺たちが一番有利なのはそこだな。式神がいるのは有り難い」
 戦力だけでなく、治癒にも困らない。大河は左近を見やり、唐突に両手を合わせた。
「いつもお世話になってます。ありがとうございます」
「うむ。良い心掛けだ」
 柴や紫苑みたいなことを言う。得意げな顔で深く頷いた左近に、大河と宗史から笑い声が上がった。
「あとは、始まってから臨機応変に対応するしかない」
「了解」
「それと……」
 宗史が突然、気まずそうに視線を泳がせた。
「宗史さん?」
 突然どうしたんだろう。顔を覗き込むと、さらに視線を逸らされた。何かしただろうか。というより、宗史が何かしたような態度。準備運動は済んだとばかりに降りてきた朱雀を腕で受け止め、左近が横目でこちらを窺った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み