第10話

文字数 2,459文字

 一応段ボール箱や移動した物を元の位置に戻し、倉庫の扉も閉めた。
「さて、次は武家屋敷か」
「何か出てきますかね」
 ひとまずフットカバーだけを脱ぎ、またしても先陣を切る白狐のあとに続いて表へと向かう。
「どうだろうなぁ。自宅じゃねぇから可能性は低い気もするが、楠井満流がいたんだろ? 何かしらの痕跡があってもおかしくはねぇな。ま、悪鬼じゃねぇことを祈る」
「嫌なこと言わないでください」
 下平と紺野の軽口に、熊田たちが軽く笑い声を上げた。笑い事ではない。主犯の息子が何かしらの目的で訪れていた場所というだけでも緊張と警戒を強いられるのに、心霊スポットというおまけ付きなのだ。しかも悪鬼に襲われた今では、下平の軽口は軽口にならない。
 苦い顔をした紺野にけらけら笑っていた下平が、ふと足を止めた。栄明が尋ねる。
「どうしました?」
「ああ、いえ。――紺野」
「はい?」
「ここって、俺たちが確認した部屋だよな」
 そう問われ、紺野は自宅の間取りを頭に描いて下平の視線を辿った。
「ええ……、あれ」
 頷きかけて気付いた。窓がある。
「あの部屋、窓なかったよな」
「はい」
 あったのは、押入れと文机、そして本棚。思わず揃って眉根が寄る。
「本棚で窓を塞いでたのか」
「みたいですね。でも、何で……」
 明かりが差し込んでいれば隙間から漏れて気付いただろうが、何せほとんど陽が当たらない森の中だ。見落とすのも無理はない。しかし、一般的に考えれば部屋は明るい方がいいだろうに。わざわざ明かりを遮断するような家具の配置をするなんて。
 栄明と熊田が言った。
「私たちも、霊符を描く時は集中力が散漫にならないように極力音や光を避けますが……」
「そうなんですか?」
「はい。ですが、ここはもともと静かでしょうし、日当たりもいいとは言えないと思うので」
「んー、もしかして、引きこもりだったのか?」
「引きこもりの人の部屋って、暗いイメージですよね」
 最後に佐々木が追随した。冗談にも聞こえるが、有り得ない話ではない。手紙といい、楠井道成とは一体どういう人物なのか。
「ここで頭をひねらせても仕方あるまい。行くぞ」
 一歩先で足を止めていた白狐に諭され、紺野たちは少々後ろ髪を引かれる思いで歩を進めた。表に戻ると、佐々木が開けっ放しにしていた玄関を閉めに走った。
 一方紺野たちは、ドラム缶の前で足を止めた。元の色が分からないくらい全体が錆ついて、火が当たる部分には煤がこびりつき、ずいぶんと使い込まれている。かぶせてある同質の蓋は雨避けだろうが、今の自分たちにはそれだけに見えない。疑い深いと言われれば否定できないが、それは全部犯人たちのせいだ。
「なんつーか、あれだな。あいつらはいちいち臭わせるな」
「今どきドラム缶でゴミ燃やすとか珍しいですよね」
「そもそも、ドラム缶での焼却は違法です」
 うんざり顔の下平と熊田が嘆息し、紺野が冷静に指摘し、三人同時に溜め息をついた。栄明がでもまあと蓋に手をかける。
「悪鬼の気配はしませんし、大丈夫ですよ。一応確認だけ」
 苦笑いと共に蓋が開けられると、悪鬼ではなくこもった灰の匂いが一気に漏れ出た。壁面は煤で真っ黒で、三分の一ほどだろうか、大量の灰が残っている。上の方は丸まった状態で残っており、まるで幾重にも重なった黒い花びらのようだ。
「やけに多いですね」
「燃やして処理してなかったんじゃないのか。もしくは、大量に何かを燃やし……」
 熊田が何の気なしに言った言葉に、全員が息を飲んだ。――まさか。
 弾かれたように、栄明がドラム缶の中に手を伸ばした。
「ちょっ、栄明さん、いくらなんでも汚れます!」
「何か長いもんないか」
 驚いて紺野が腕を掴んで止め、下平が周囲に視線を走らせる。
「あ、あります!」
 会話が聞こえていたらしい。佐々木が落ちていた枝を拾って駆け寄った。受け取った栄明が灰の中に突っ込んで、混ぜるようにゆっくりと枝を動かす。この様子では全て灰になっていそうだが。
 かき混ぜるごとに焦げ臭さが強くなり、懐中電灯の光に照らされた灰がちらちらと動く。
 しばらくして栄明が手を止め、悔しげに唇を噛んだ。
「完全に燃えていますね。これでは、術の記録だと断定できませんが……」
 だが、さっきの花びらのような灰は、熱風に煽られてめくれ上がり、そのまま燃え尽きた紙の束そのものだった。しかもこの量。長い時間をかけて蘇生術を構築し、そのすべての工程や結果を記録していたのなら、不自然ではない。ということは。
「どうやら、おちょくられたようじゃのう」
 後ろで様子を見守っていた白狐が、他人事のように口を挟んだ。
「クソっ!」
「ふざけやがって!」
 下平と紺野が同時に悪態を吐き出し、熊田が盛大に舌打ちをかまし、佐々木が唇を噛んだ。
 つまりだ。こちらが蘇生術の記録を探すこと、かつ倉庫も調査すると分かった上で記録を完全に焼却し、自宅に何の痕跡も残さず、地下に悪鬼を閉じ込めて地下室の存在を教えたのだ。先に尚がここへ来ていた場合実力が測れるし、あわよくばこちらの戦力も削げる。
「申し訳ありません。皆さんを危険な目に遭わせておいて……」
 栄明が申し訳なさそうにぽつりと呟いた。
「栄明さんが謝ることじゃありません」
「そうですよ。どのみち全部調べるつもりでしたし」
「燃やす手間が省けて良かったと思いましょう」
「言えてます」
 灰を見る限りかなりの量だ。ここで燃やすとしたら、運び出すだけでもかなり時間がかかった。佐々木、熊田、下平、そして蓋を閉め直す紺野に、栄明はありがとうございますと微笑んだ。
「さて、これで全部だな。戻りましょう」
 完全に犯人たちの手のひらの上で踊らされていたらしいことは腹立たしいが、ひとまず全員無事だったし、収穫もあった。収穫というよりは新たな謎といった方が正しいけれど。
 下平に促され、紺野はちらりと楠井家に目をやり、その場をあとにした。この先、この家はどうなるのだろう。いつか楠井家、あるいは犯人たちが戻ってくるのか。それとも、このまま朽ちてゆくのか。
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