第20話

文字数 3,412文字

「あっ、と。忘れるところだった。父さん」
「うん?」
「志季がさ、薪で焚いたお風呂入りたいんだって。窯って使えるよね」
「うん、使えるよ。じゃあ今日は薪で焚こうか」
「うん。約束したんだ」
「すんません、我儘な式神で」
「いいよいいよ。この前ちょっと間伐したから薪はたくさんあるし。ご近所さんにも分けてるんだけど、時々使わないと溜まっちゃうんだ」
「そんなことまでしてるんすね」
 重労働なんだよねぇ、山持ちってのも大変すね、いっそ志季を貸し出したらどうだ風呂で釣れるだろ、おおナイスアイデア、いやいやそこまでは。
 影唯と晴、宗史の会話に「何か力仕事があれば手を貸すが」と柴が口を挟み、大河たちの方では鈴の「採れたて新鮮野菜談義」が始まり、食事は終始和やかな中で進み、終了した。
 食器を下げて腹ごなしついでに荷物の整理をし、庭で一服していた晴が志季を召喚した。見ていたらしい「よしよし、よく覚えてたな。偉いぞ」と上機嫌で頭を撫で回された。
 全員が再び腰を落ち着かせたところで、大河が話しを切り出した。
「あのさ、父さんたちってどこまで聞いてるの?」
「詳しくは聞いてないけど、一通り。そうそう、椿ちゃんのことも聞いてるよ。無茶をしたねぇ」
「もう、聞いた時は驚いたわ」
 まさかこちらにまで報告されていたとは。ぐ、と宗史が息を詰め、すみませんと声を絞り出す。影唯たちは苦笑いし、それと、と続けて顔を曇らせた。
「昴くんだっけ。彼が内通者だったことも聞いたよ」
「そっか……」
 大河はテーブルに目を落とした。
「……ヒナには?」
「いや、話してない。ビデオ通話のこと聞いてたから、詳しく知ってる大河から話した方がいいと思って。何か、理由があるんだろう?」
「うん……」
 ビデオ通話とはいえ、昴と直接言葉を交わしたヒナキはショックを受けるかもしれない。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。昴は敵だった。さすがに家の場所は分からないだろうから、あの時のように人質に取るなんてことはしないと思いたいけれど。
 安易に顔を合わせるべきではなかった。失敗した。
「分かった、俺から話す。省吾、夏期講習って何時に終わるか聞いてる?」
「五時」
「じゃあ、帰ってくるの六時くらいか。うちに来るって?」
「言ってたな。止めた方がいいか」
「うん。その方がいいよね?」
 宗史と晴を見やると、同時に頷いた。
「じゃあ、メッセージ入れとく」
 うんと頷き、大河は再び宗史と晴を見やる。
「何時くらいに出る? 完全に陽が沈むのって八時近かったと思うけど」
「そうだな……神社はどの辺りにあるんだ?」
「ここから歩いて十分か十五分くらいの山ん中。登ったら結構かかるんじゃないかな。山頂に近いし足場も悪いから、子供だけで入らないようにって言われてる」
「ちょっと早めに出るか? 目ぇ慣らしといた方がいいだろ」
「じゃあ、七時半くらいだな。鈴はここで待機。志季、柴、紫苑は、俺たちが独鈷杵を回収している間は周囲を警戒してくれ」
「了解」
「承知した」
 大河と晴と志季が声を揃え、鈴と柴と紫苑が頷いた。
 おそらく、風子の方から連絡が入る。講習が終わったあとはバス移動だから、船の待ち時間か向小島に到着してからだろう。やっぱり六時くらいになる。詳しく話す時間がないから、いきさつは省いて、昴が内通者だったことと、絶対に家から出ないようにと念を押しておこう。
鈴が口を開いた。
「奴らと時間が合うとは思えんが、念のために使いに向島の漁港を見張らせよう。正面から来ないとも限らん」
「そうしてくれ。それと、省吾くんも。訓練が終わったら、すぐに帰ること。できるだけ短時間で済ませるつもりだが、どうなるか分からない。何があっても自宅から出るな。いいな」
「分かりました」
「それと、一応判明している敵側の顔写真を送ります。大河」
「うん」
 大河がテーブルに置いていた携帯をいじる。
「どんな手を使ってくるか分からないので、ここを襲撃しないと断言できません。全員ではありませんので、俺たち以外は敵だと思ってください。鈴、判別できるな」
「愚問だ」
 よし、と宗史が頷く間に、省吾と影唯の携帯が着信を鳴らす。大河ちょっと、と宗史は大河から携帯を借り、雅臣の写真を表示すると、三人へ向けてテーブルに置いた。省吾たちが身を乗り出して覗き込む。
「菊池雅臣。十八歳の少年です。彼は――」
 宗史は、雅臣が事件に関わることになった簡単な経緯と、先程の下平からの報告を話した。
 いじめを受けていたと聞いた時、省吾をはじめ、影唯と雪子が息をのんだのが分かった。あの頃、影唯と雪子はしきりに学校での様子を聞いてきた。やっぱり気が付いていたらしい。省吾といい、そんなに分かりやすかったのだろうか。
「――ということですので、もし菊池が襲撃してきた場合はよろしくお願いします」
「分かった」
 影唯が険しい顔で答え、雪子がいたたまれない顔で頷いた。そして省吾は、複雑そうな顔で嘆息した。
「以上です。何か質問はありますか」
「あの」
 省吾が小さく手を上げた。
「狙ってくる可能性は、どのくらいあるんですか?」
「かなり高いと思っている。敵側に、大河と同等、もしくはそれ以上の霊力量の持ち主がいるのは間違いない。そして、膨大な霊力を許容するのはおそらく影綱の独鈷杵以外存在しない。さらに、こちらが独鈷杵を探していることは確実に昴から伝わっている。ただ、昴がいない今、こちらの動きを知る手段がはっきり分からない。敵を全員把握しているとは言い切れないんだ」
「そうか。状況的に見れば確率は高いけど、こっちの動きを把握する手段がはっきりしないから断言できない。向こうのメンバーを完全に把握できているのか分からないってところがネックになってるのか」
「そういうことだ。正直、悪鬼を使わない限り、式神でも一般人との判別は難しい。見張られていても分からない」
 なるほど、と呟く省吾を、大河は感心と悔しさが混じった気持ちで見つめた。賀茂家の会合で、宗史が言っていた。省吾は、少ない情報で色々な疑問に気が付いていたと。そうはいっても、事件の全容を知っているわけではないのに、こんなに早く理解できるなんて。
 くそ、悔しいなぁ。
「他には何かありますか」
「僕たちから一つ、いいかな」
「はい」
 影唯が口を開くと、雪子がエプロンのポケットから一枚の紙切れを引っ張り出した。四つ折りにされたスーパーの特売チラシだ。それを開き、テーブルの上を滑らせる。
 今度は大河たちが身を乗り出して覗き込んだ。
 チラシの裏に描かれていたのは、簡単な島の全体図。東西に長い、ふっくらとした米粒の形に似ている。方位が書かれ、北側の三分の一を占める集落と山の境目に線が引かれている。小さな丸と共に漁港、集会所、簡易郵便局、商店、理容室と書き込まれ、中央から西寄り、山との境目にある黒丸印は、位置的に刀倉家だ。その少し上に「塚」。南側三分の二を占める山のほぼ中央に「神社」。さらに、山の中に五つのバツ印が付けられている。
「何? これ」
「島だよ」
「分かってるよ。そうじゃなくて……」
「待て、大河」
 説明を急かす大河を宗史が止めた。見やると、晴や志季共々、訝しげな顔で影唯を見据えていて、大河はつられるように眉を寄せた。そういえば、昨日の会合でも同じような顔で宗一郎を見ていたが。
「実はね――」
 何故か楽しそうな顔で説明を始めた影唯の話の内容は、容易に理解できるものだった。理解はできたが。
「やっぱあいつが関わってやがったか!」
「おかしいと思ったんだ……」
「うっわ、マジか。血ぃ見るんじゃねぇの?」
「当然の反応だな」
 晴が頭を抱えて天井を仰ぎ、宗史が顔を覆って盛大に溜め息を漏らし、志季が顔を引き攣らせ、鈴が何でもないことのように言って麦茶をすすった。影唯や雪子、さらに省吾がおかしそうに笑い声を上げる。
 一方、何が何だか分からない大河、柴、紫苑は小首を傾げた。物騒な言葉が聞こえた気がするが、その前に。
「え、待って待って。えーと……、(なお)って、誰?」
 初めて聞く名前だ。とりあえず、そこから説明をしてもらわねば話しが進まない。
 大河が身を乗り出したまま尋ねると、宗史と晴は諦めたように息をついた。渋面を浮かべたまま、宗史が答える。
土御門尚(つちみかどなお)――栄明さんの、一人息子だ」
「……一人息子?」
 大河の間の抜けた声が、せわしい蝉の鳴き声に重なった。
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