第8話

文字数 8,159文字

 紺野と北原は、いつもの定食屋でいつもの定食を食べ、腹が満たされた午後一時過ぎ頃に店を出た。
「青山華、樋口美琴、佐伯茂、成田樹、里見怜司の五人か」
 下京警察署へ向かいながら、紺野は改めて手帳を眺めた。
 過去に何かしらの事件、事故または補導歴があればデータに残っているだろうと踏んで洗い出したはいいが、正直そこまで期待はしていなかった。一人二人くらいは、程度に思っていたら五人もヒットし、唖然とした。何かいわくでもあるのか。
「一番気になるのは里見怜司だが……今はちょっと手が出し辛いな……」
 当時の怜司についての情報を見て、初めは目を疑った。彼が陰陽師として寮にいることは偶然なのか、それとも必然なのか。宗一郎と明は、このことを知っているのか。問い質したいところではあるが、あの二人は相当な狸だ。知っていてもどうせのらりくらりと逃げられるだろう。
「調べていることがバレるかもしれませんからね」
「ああ。青山華と佐伯茂はまあいいとして、あとは……樋口美琴。当時の住所は兵庫だが、何で京都にいるんだ?」
「親の都合で引っ越しとかですかね。まだ高校生だし」
「なるほどな。つーか、刀倉大河はともかく、未成年四人の親はどうしてんだ。てかあの双子は誰の子供だ? 青山華か?」
「年齢的に見れば、多分。でも、あまり似てませんでしたねぇ」
「まあ、さすがに双子は対象外だから別にいいけどな。それより、兵庫か……遠くはねぇな」
「ですね。でも、残りの人たちはどうします? 警察のデータになければ俺たちには調べようがありませんよ?」
「それなんだよなぁ……」
 いくら警察官だとは言え、個人情報を勝手に照会、調査はできない。あくまでも捜査に必要と判断し、法と規則に則った上での捜査権限だ。その権限が使えない今の紺野と北原には、これが限界だ。
 紺野は手帳を内ポケットにしまい、溜め息をついた。
「とりあえず、手っ取り早く警察(みうち)から聞き出せる奴からだな」
「ですね」
 下京警察署の管轄は、その名の通り下京区全域だ。京都府最大の繁華街である四条河原町の一部があり、十二の交番を有している大規模警察署である。
 紺野と北原は駐車場に車を停め、少年課を訪ねた。昨日のうちにアポイントを取った刑事は、夜勤だったにも関わらず彼の名を出すと会うと承諾してくれた。
「ああ、ちょっと」
 ちょうど通りかかった婦警に声をかけ、紺野は警察手帳をちらりと見せた。
「府警本部の紺野だ。下平警部補(しもひらけいぶほ)と面会の約束をしているんだが」
 ファイルを抱えた婦警は紺野と北原を見やり、ちょっとお待ちくださいと奥へ引っ込んだ。
 どこの警察署も雑然としているのは同じか。山積みの書類やファイルにデスクは占領され、さして広くもない通路を行き来する警察官。飛び交う会話。刑事課と唯一違うのが、派手な色の髪をした少年数人がパイプ椅子にだらしなく座って何やら説教を食らっているくらいだ。
 ぐるりと見渡していると、隅の扉が開いて五十がらみの大柄な男が大あくびをしながらこちらに向かってきた。どうやら彼が下平警部補らしい。ぼさぼさの髪を手櫛で適当に整えながら、どーもと会釈した。その仕草でつい近藤を思い出し、むっとする。
「紺野巡査部長と北原巡査部長?」
 煙草の匂いが鼻についた。紺野は気を取り直し、警察手帳を見せながら尋ねた。
「はい。すみません、お疲れのところ。一服されますか?」
「あー、そうさせてもらえると助かる。今は、喫煙者は肩身が狭くてな。屋上の方が空いてるから、そっちに」
「はい」
 禁煙してずいぶん経つが、紺野も昔は喫煙者だった。趣向は読める。寝起きの一服は眠気覚まし、そこにコーヒーがあればなお良しだ。
「何か飲まれますか」
 少年課を出て、内ポケットを探りながら廊下の自販機の前で尋ねると、ああと呟いて下平は尻ポケットを探った。
「ここは俺が。無理を聞いてもらっていますから」
「そうか? じゃあお言葉に甘えて。ブラックで」
「はい」
 ブラック二本と微糖一本買い、ブラックの一本を下平に、微糖を北原に渡してやる。
「あれか、紺野くんも喫煙者か?」
 エレベーターを待ちながら聞かれ、紺野はええまあと頷いた。
「以前は。やめてずいぶん経ちますが」
「偉いなぁ。俺は駄目だな。何度か挑戦したんだが、すぐに手が伸びる。もう諦めた」
「俺も何度か失敗していますよ」
「でもやめられたんだろう?」
「換気扇の掃除が面倒で。部屋もヤニで汚れますし」
 ははっ、と下平は短く笑い、北原を見やった。
「もしかして潔癖か?」
「いえそこまでは。でも綺麗好きです。ついでにご飯も美味しいです」
「へぇ、そりゃあいいな」
「北原っ」
 余計なこと言うなと視線で訴える。飯を作ってやるまで言い続ける気かこいつは。
 到着したエレベーターに先に乗り込んだ北原に続いて、笑いながら下平が、最後に紺野が乗り込んだ。エレベーターで行ける最上階まで行き、そこからは一階分だけ階段だ。
 擦りガラスが嵌められたアルミ扉を開けると、むっとした空気が流れ込んできた。
「今日も暑いな」
 燦々と降り注ぐ太陽の日差しに目を細め、下平はぼやきながら屋上へ出た。大量の室外機で半分以上埋め尽くされた屋上の隅に、隠れるようにして向かい合わせに色の剥げたプラスチック製のベンチと縦型の灰皿が設置してある。一応影にはなっているが、さすがにこの気温で誰もいない。
 下平はベンチに向かいながらカッターシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、腰を降ろしながら火を点けた。美味そうに長く吐き出された紫煙は、押されるようにして空へと昇る。
「それで? 何で樹のことを調べてんだ」
 下平は器用に片手でプルトップを開けながら、向かいのベンチに腰を下ろした紺野と北原に直球で尋ねた。実のところ、どんな理由をつけて成田樹のことを聞き出そうかと思っていたのだが、名前を呼び捨てにした下平に考えが変わった。
「ある事件を追っています。参考人――いえ、被疑者として彼のことを教えていただけたらと」
 下平はコーヒーを煽り、怪訝な視線を向けた。
「なら、必要書類を提出すればいいだろう」
「本来そうするべきですが、極秘で動いています」
 北原が目を丸くした。まさか正直に話すとは思っていなかったのだろう。極秘ね、と下平は呟き煙草に口をつけ、深く吸い込んだ。紫煙を吐きながら灰皿に灰を落とし、ベンチの背に体を預ける。
「樹と会ったことは?」
「二度ほど」
「……どうだった?」
 質問の意味が分からない。紺野は眉を寄せた。
「どう、とは?」
 下平は、紺野の質問に答えることなく煙草を吸って煙を吐き出すと、質問を変えた。
「追ってる事件ってのは、殺人がらみか」
「ええ」
「その事件と奴との関係は? どこから樹が浮上した」
「お答えできません」
 眉間に皺をよせ、下平がじろりとねめつけた。当然の反応だ。正式な手続きを踏まず、一方的に情報を寄越せと言っているのだ、下平からすれば理不尽だ。それで近藤も怒らせた。しかし引くわけにはいかない。紺野は視線を逸らすことなく、ただ、と続けた。
「被疑者から外せるのなら、早々に外したいと思っています。そのためにお伺いしています」
 指に挟んだ煙草から立ち上がる煙の向こうから、こちらの真意を見透かそうとする視線が注がれる。
 下平に告げたことは、嘘ではない。樹への疑いを晴らすためという意味ではないにしろ、一日でも早く、一人でも多く調査を終わらせ真相に近付かなければならないと思っているのは間違いない。次の犠牲者が出る前に。
 まるでここだけ時が止まったように、互いを見据える。室外機の唸り声と街の喧騒だけが響き、しばらくして、下平が諦めたように目を伏せて息を吐いた。
「分かった。あいつの何を話せばいい」
「全て。貴方が知っている、成田樹の全てを教えてください」
 下平は片側の口角を上げ、煙草に口をつけた。
「欲張りだな、あんた」
「ええ」
 否定することなく頷いた紺野に短く笑い、下平は吸い殻を灰皿に放り込んだ。コーヒーの缶を口元に上げながら、晴れた空を仰ぎ見た。
「初めて会ったのは、あいつが高校生の時だから……もう六、七年くらい前になるか――」
 懐かし気に、しかし痛々しげな表情を浮かべ、下平は淡々と成田樹の過去を語った。
 よくある話と言っていいものかどうか疑問だが、聞かない話でもなかった。しかし当事者からしてみれば死活問題で、当時の樹も例に漏れなかっただろう。下平は樹のことを、まるで人形のようだったと言った。
『世の中を混沌に陥れようとしている可能性があります』
 もし明の言うことが正しければ、動機はある。
「――で、三年前に突然姿を消した。俺が知ってるのはここまでだ」
 そう締めくくり、下平は新しい煙草に火を点けた。紺野と北原は、残りのコーヒーを飲み干した。話から推測するに、寮に入ったのはおそらく姿を消した三年前。何があった。
「あいつとつるんでた連中にも何度か探りを入れたんだが、知らないの一点張りだ。どっかで野垂れ死んでんじゃねぇかと思ってたんだが……」
 下平は一旦言葉を切った。
「そうか、生きてたか……」
 呟きと共に見せた安堵の笑みは刑事のそれではなく、まるで父親のそれに似ていた。
 少年課に勤務する以上、関わる少年少女たちは数え切れないだろう。彼ら彼女らの胸が痛くなる背景を目にし、気付けば姿を見なくなった者も珍しくはないだろう。それなのに、三年前に突如として行方知れずになった一人の少年の名をいつまでも覚えておいて気にかけるなんて。自分ならきっとできない。次々と起こる事件に追われ、それどころではない。
 だからこそ、下平が樹の名を呼び捨てた時、素直に喋った。この刑事は信用できると思った。
「ああ、そう言えば」
 不意に、下平は思い出したように声を上げた。
「昔樹がよく出入りしてたクラブで、変な噂が出回ってんだよ」
「噂?」
「ああ。高額の依頼料を取って除霊してるっつー自称除霊師がいるらしくてな、そいつの名前が、イツキ」
「はあ?」
 間違っていないと言えば間違っていない。だが、何だろう。この釈然としない気持ちは。二人が同時に怪訝な表情を浮かべたため、下平は苦笑いを浮かべた。
「名前が同じってだけで、実態も掴めてねぇただの噂話だけどな」
「……そうですか」
 現在陰陽師の樹がかつて出入りしていた店に、除霊師を名乗るイツキが現れた。ただの噂話とは言え、タイミングといい、都合がよすぎないか。
 気にはなるが、今はこれ以上の情報は出てこないだろう。だが、せっかくの縁だ。少し協力してもらおう。
「下平さん、図々しくて申し訳ないんですけど、一つよろしいですか」
「何だ?」
「兵庫県警に伝手をお持ちじゃないですか?」
「兵庫? あるぞ。前に、クスリやってたガキが神戸に逃げやがって協力してもらったことがある。何か調べものか?」
「ええ。樋口美琴をいう人物を調べたくて。現在は京都在住ですが以前は神戸に住んでいて、その時に補導歴があるんです。詳細を知りたいので、現地まで行こうかと」
「そいつも事件の被疑者か?」
「ええまあ」
 ふーん、と下平は顎をさする。
「補導した時の担当者は?」
沢渡(さわたり)という刑事です」
「沢渡に樋口美琴な、分かった。連絡してみよう」
「ありがとうございます。じゃあ、こちらに連絡をお願いします」
 紺野が警察手帳に挟んでいた名刺を取り出すと、下平は尻ポケットから名刺を取り出した。
「あいつ……」
「はい?」
 ぽつりと呟いた声に、内ポケットに名刺をしまいながら視線を上げると、下平はいやと頭を振った。
「そろそろ戻らねぇと。この春に配属された新人が口うるさくてな。生真面目っつーか、融通が利かねぇんだ。張り切る気持ちは分かるが、俺の健康のことにまで口出ししやがる」
 大きな溜め息と共にぼやきながら腰を上げた下平に、紺野は苦笑した。配属されたばかりなのに、上司の健康にまで口を出すとはなかなか見所がある新人だ。
「度胸があっていいじゃないですか」
「冗談だろ。二十代なのにおふくろかってくらいうるせぇんだぞ」
「それだけ慕っている証拠じゃないですか?」
「そうなら嬉しいんだが、もっと可愛気があればなぁ、っと、これも今時じゃセクハラか?」
「どうでしょう。難しいところですね」
「ったく、やかましい時代になっちまったよなぁ。もっとこう、おおらかにできねぇのかねぇ」
 ぶつぶつとぼやきつつ屋上の扉をくぐる下平に、紺野と北原は再度苦笑を漏らした。体格や口調はおおらかだが、少年少女たちへの思い入れは実に繊細だと思う。おおらかさと繊細さが共存しているような男だ。
 雑談を交わしながら階下へ下り、エレベーター前で下平が言った。
「さっきの件、できるだけ早めに連絡入れる。他に何かあったら連絡してくれて構わないからな」
「助かります。では、失礼します」
「ああ」
 下平に見送られ、二人は真っ直ぐ玄関に向かった。
「樋口美琴はとりあえず調べられますね」
「ああ。それより、最後の話どう思う」
「俺もそれは気になってました」
「やっぱ引っ掛かるか?」
「だって、偶然にしては樹くんと共通点が多すぎますよ。でも、勘ですけど、本人とは思えないんですよねぇ」
「いつから噂があるのか知らねぇが、あいつら二人一組で動いてるみたいだしな。だが、確かに気にはなる」
 樹と言う名を持つ二人の人物。一人は陰陽師、そして一人は除霊師。
 紺野は舌打ちをかまし、頭を掻いた。
「しょうがねぇな、調べるか。ついでに樹のツレだった奴らが分かれば、三年前に何があったのか聞き出せるかもしれねぇ」
「そうですね」
 やることも調べることも山積みの上に、行く先々で情報が入る。少し前まで情報が入らず四苦八苦していたのに。今では時間が足りなくてもどかしい。
「そう言えば、あの映像の報告どうするんですか? 明さんたちに送れませんよ?」
 う、と紺野は声を詰まらせた。パーカーの女が映っている画像を送れと言われたら近藤に頼むしかない。だがあんな喧嘩別れをした後では頼みにくい。しかも、四つ辻に埋めるはずの犬の頭部をベンチの下に埋めようとしたことや、手の甲に見えた図形のことも気にかかる。
「さっさと謝ればいいじゃないですか」
 北原の呆れ気味に口調にむっと口をへの字に曲げた。生意気な。
「何で俺が謝らなきゃならねぇんだ」
 けっと悪態をつきながら玄関の自動ドアをくぐる。駐車場へと向かいながら、北原が大きく溜め息をついた。
「紺野さんって、あれでしょう。彼女と喧嘩してもなかなか折れないタイプでしょ」
「余計なお世話だ! 関係ねぇだろ!」
 図星なだけに腹が立つ。昔の恋人にも同じことを言われた。何でこいつは変なところで敏いんだ。
「とりあえず謝っとけばいいのに」
 駐車場に入り、運良く出入り口近くに停められた車に足を進める。北原がポケットを探ってリモコンキーを車へと向けた。
「とりあえず謝ったら、何に対して謝ってんのか説明しろって言われたんだよ。もう面倒臭ぇからそれがきっかけで別れた」
「……いえ、そうじゃなくて、近藤さんに……」
「っ!」
 話の流れから、過去の恋愛事情を自分で暴露してしまった。紺野は息を詰まらせ、リモコンキーを車に向けたまま俯いて肩を震わせる北原をじろりと睨みつけた。
「早く鍵開けろッ!」
 ルーフを強く叩いて声を荒げると、北原は鍵を開けはしたが口を手で覆ってまだ肩を震わせている。鍵を持っていたらこのままここに置いて行ってやるところだ。舌打ちをかまして乗り込み、乱暴にドアを閉める。
 どいつもこいつも、とぼやきながらシートベルトを締めると、携帯が震えた。ぶふっ、と噴き出した北原を睨みつけながらポケットを探って着信を確認し、これでもかと眉を寄せる。近藤からメールだ。
 文句なら速攻で消去してやる。メールを開くと、件名には「鑑定結果」とあった。添付ファイルにはあの図形の拡大写真、本文には「舞鶴市旧家・玖賀家(くがけ)の家紋と判明」とある。
「家紋?」
「近藤さんからですか?」
 北原が横から覗き込んできた。
「何でそんなもんが手の甲に……」
 眉を寄せながら滑らせたのは、「刺青などではなく、焼き付けられていると思われる」という文。
「え……っ」
 声を上げたのは北原だ。
「つまり、焼印?」
 金属板などを熱し、文字を焼き付ける手法だ。現在では、家畜の所有者を明確にするためや、ブランドのロゴなどを商品に焼き付けるために使用されているが、かつては罪人に対しての処罰として行われ、烙印とも呼ばれる。年月が経つと新陳代謝で多少薄れはするが、生涯消えることはない。
 紺野は不快気に顔をしかめた。
「何でそんなことが……」
 できるのか、と最後まで言葉にできなかった。火傷として傷跡が残るほどの高熱を人に押し当てようなど、思いも付かない。押し当てられた方は相当な苦痛だっただろうに。悲鳴を上げ、泣き叫んだかもしれない。そんな声を聞きながら、やった奴は何を考えていたのか。
 確かに、映像に映っていた女は一連の事件の関係者だ。もしかしたら首謀者かもしれない。鬼を使って矢崎徹と刀倉影正を殺害し、犯罪者とは言え増田を犬神の餌食にした。許すべきではない。しかしそれでも、苦痛を強いられていたのかもしれないと思うと、同情を禁じ得ない。複雑だ。
 携帯を握る手に自然と力がこもる。
「紺野さん?」
 北原の声に我に返った。
「ああ、悪い」
「これからどうしますか。例の店はまだ開店してないですよ」
「そうだな……」
 とりあえずこの報告は明へ送るとして、身元調査はどうするか。怜司は後回し。残りは茂と華だ。どちらを先に調べるか。と。
「舞鶴……?」
 紺野は記録を思い出し、手帳を取り出して繰った。
「舞鶴って、青山華の出身地じゃねぇか」
「え?」
 紺野と北原は顔を見合わせた。
「被疑者と陰陽師が同じ出身地って……」
「さすがにこれだけで断定はできねぇが、調べる価値はあるかもな」
「舞鶴だったら一時間半くらいですね」
 紺野は腕時計を確認した。
「三時過ぎか……」
 今からだと到着するのは五時頃。動き回るには少々時間が足りない。となると、
「しょうがねぇ、今日は佐伯茂の方を調べるか。明日一番に舞鶴に向かう。樹の方は後回しだ」
「はい」
 家紋の情報を明たちに渡す以上、彼らも玖賀家を探りに舞鶴に訪れる可能性が高い。本来は玖賀家の調査も警察の管轄だが、事件関係者であるのなら彼らに任せた方がいい。目的は違えど、下手をすれば向こうで顔を合わせてしまうかもしれない。そうなる前に、青山華の調査を終わらせてしまわなければ。
「あれ、そのメールまだ続きがありますよ」
 北原の指摘で、紺野は携帯に視線を落とした。スクロールバーが下まで着いていない。紺野が画面をスクロールすると、かなり行間を開けてから一文が現れた。「煮込みハンバーグが食べたい」。
「な……っ」
「やった、今日は煮込みハンバーグだ」
「はあ!?」
 嬉々として発車させる北原に、紺野は素っ頓狂な声を上げた。喧嘩別れしたにも関わらず図形の照合をし、報告を寄越した近藤はともかく、何で北原にまで飯を作ってやらなければならない。
「何でお前が喜ぶんだよッ!」
「いいじゃないですか。ご飯は皆で食べた方が美味しいですよ」
「作るの俺だぞ!?」
「買い物付き合いますって」
「お前……っ」
 後輩って立場理解してんのか! と言いかけ、紺野は盛大に溜め息をついた。最近の若者は、とついついこぼす年配者の気持ちがようやく理解できた。
「しょうがねぇな……」
 ぼやきながら、紺野は明へ報告メールを、近藤へ了解メールを送った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み