第2話

文字数 1,802文字

 三台の車が出発してすぐ、春平は明に連れられて両側から門扉を閉めた。明が門扉の境目に霊符をあてがうようにして、真言を唱える。
「オン・アキシュビヤ・ウン。帰命(きみょう)(たてまつ)る、障壁成就(しょうへきじょうじゅ)万象奸邪(ばんぞうかんじゃ)遠離防守(えんりぼうしゅ)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)
 霊符を中心にして瞬時に五芒星が形成され、焼印のように扉に刻まれた。
 ほんの数秒。その早さに、春平は感嘆の息を漏らした。明が術を行使する様を見たのは、式神を召喚する以外では、大河を眠りにつかせた時が初めてだった。宗一郎に関しては、召喚以外ではない。こんな早さで術を行使できるのか。
 すごい、と尊敬の眼差しを向ける春平を見やり、明は微かに笑みを浮かべた。
「春、戻るよ」
「あ、はい」
 先行する明の背中を追って庭へ戻ると、宗一郎は落ち着いた表情でソファのいつもの場所に腰を下ろしていた。夏也は不安げな表情の双子と一緒にローテーブルの側で床に座り込み、弘貴、昴、美琴はダイニングの自席に腰を落ち着かせている。唯一香苗が皆にお茶を用意しているくらいだが、その表情は硬い。
「完全封鎖しなくても構いませんか」
「ああ、構わない」
 春平が自席に座り、明が宗一郎と対面の位置に腰を下ろすと、弘貴が訝しげな表情で口を開いた。
「あの、俺、樹さんが言った意味がさっぱり分かんなかったんですけど。樹さんの知り合いだろうなってくらいは分かりますけど、タイミングって何のことですか?」
「僕もです。式神が関わってるなら犯人は事件の関係者ですよね。こんなことをする人って断言してるのに関係性が分からないって、矛盾してませんか」
 昴が便乗した。春平と夏也、美琴、そして香苗も皆にグラスを配りながら当主二人に視線を投げる。
「正直なところ、私たちもはっきりとしたことが分からない。ただ今は、樹の勘を信じるしか術がない」
 それでは納得できない。春平らは、明の曖昧な答えに不満気な声を漏らした。確かに、樹は全てにおいて皆より数倍飛び抜けているし、信頼もしている。この三年間、誰よりも努力していた彼をこの目で見てきた。それに、宗史と晴、何より当主二人からの信用も厚い。
 けれどあの言葉に関しては、何の根拠もない。あとで説明すると言われても、この状況では不安と心配が募るばかりだ。
 昴が思い出したように再び顔を上げた。
「あの、それともう一つ。左近と閃ですけど、大河くんたちの方へ応援に回さなくていいんですか? また鈴を襲った式神が来たら……」
「あっ、確かに。閃が、しばらく使い物にならないって言ってましたよね。鈴がやられるとか、相当だと思うんですけど」
 弘貴が狼狽した様子で追随する。
「問題ない。人員も戦力も十分だ。もし例の式神が介入してきたとしても対処できる」
 断言した宗一郎に、皆反論の余地を失って口をつぐんだ。
 ああ、やっぱりか。春平は俯いて、わずかに目を細めた。
 確かに、相手が式神でもあのメンバーなら対処できるだろう。それが例え鬼だとしても、だ。ただ一つ気がかりなのは、あの場所は――。
 と、明の携帯が鳴った。明は袂から携帯を探って液晶を確認すると、通話しながら腰を上げる。もしもし、と落ち着いた声色で廊下へ出る明の背中を見送って、春平は小さく息をついた。
 宗一郎が大河を指名した時、違和感を覚えた。
 大河の霊力量が膨大だとしても、経験値が足りなさすぎる。陽の命がかかっている今の状況で、いくら宗史ら実力者四人が一緒だとは言え危険ではないのか、と。そこで思い出した。柴と紫苑のことを。
 これまでの一連の事件を思い返せば、柴と紫苑が誰を中心に動いているのか明らかだ。十中八九、当主二人はそれに気付いている。となれば、大河を指名した理由はおのずと導かれる。
 宗一郎の独断なのか、それとも明も了承の上での判断なのか。
「宗一郎さん」
 明が携帯を持ったまま戻り、腰をかがめて宗一郎の耳元で何か囁いた。
「構わない」
「分かりました」
 短い会話のあと、明は再度廊下へ引き返した。
「でも、あの場所ってさぁ……」
 弘貴がぽつりと不安気に呟き、正面に座る昴に視線を投げた。言葉に含まれた意味を察し、昴と香苗が何とも言えない声を漏らす。
「ガチな心霊スポットだよな……?」
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