第11話

文字数 1,875文字

 あちこち闇を照らす赤色灯と共に次々と車が到着し、複数の警察官たちが駆け寄ってくる。制服警官に私服警官。示し合わせたように、春平たち、三人の男たち、そして紺野たちのもとへと分かれた。
 普段は静寂と闇に包まれているであろう山中にたくさんの人の声が響き、一気に騒然となる。
 駆け寄ってきた二人の私服警官は、手にバインダーを持ち、胸にマイクを装着している。機動捜査隊のようだ。近藤が先ほどと同じ説明を始め、三人の男たちの方では若い警察官が到着した制服警察官に事情を説明する。
 そして紺野の方では。
「府警本部の紺野です。勤務時間外なので手帳はありませんが」
「ええ、聞いています。お怪我は」
「大丈夫です。こいつが主犯だと思われます。あと頼んでいいですか」
「はい」
 男が私服警官――機捜隊員二人へ引き渡され、引きずるように連行された。触るなっつってんだろ、と往生際悪く暴れる男に対し、隊員はあくまでも冷静だ。それを見送って呆れ気味に溜め息をつき、紺野は中年警察官に何か告げてこちらへ向かってきた。引き継ぎは任せたようだ。
 刑事だから当然なのだが、慣れてるなぁと感心し、春平は周囲に視線を走らせる。
 ここの所有者は。持ち物の確認を。分かったから立て。レンタカーだな。あちこちで指示や確認の声が飛び交い、警察官たちが慌ただしく動く。その間にも所轄の刑事や鑑識が到着し、続々と人が増えていく。
 鬼代事件に関わっていると言っても、これまで警察の世話になることはもちろん、事件現場に居合わせたことなど一度もない。だからだろうか。陰陽師という非現実的な肩書を持っているのに、今目の前にあるこの光景の方が、よほど現実離れしているように見える。
 と、春平たちの背後を通りかかった男が、近藤を見るなり顔を怒らせた。
「近藤千早ぁ! お前はぜってぇ許さねぇ、ぜってぇ許さねぇからなぁ!」
 足を踏ん張って身を乗り出し、近藤を鋭い目で睨みつけて喚き立てる。誰もが動きを止め、男に注目した。
「やめろ、叫ぶな!」
「大人しくしろ!」
 両腕を掴んでいる隊員二人が強く引き戻す。
「お前より俺の方が絶対優秀なんだ! それが分からねぇお前も、お前の上司も、ここにいる全員無能だ! いつか必ずお前ら全員ぶっ殺してやるッ!」
 引きずられながら、お前も、お前も、お前もだ、と周囲にいる警察官を手当たり次第に睨みつける男の目は大きく見開かれ、血走っている。それに比例するように、わずかに見えていた邪気の質量がどんどん増していく。このままでは悪鬼化して、近藤だけでなく全員が犠牲になってしまう。
 まずい。春平たちが一斉に身構えた。仕方ない、こうなったら――そう覚悟し、霊符に手をかける。その時。
「おい」
 語気を強めた紺野の声が響いた。男が喚くのをやめ、隊員共々足を止めて振り向く。例外なく全員の視線が紺野に集まり、静寂が落ちた。
「お前がどれだけ優秀か知らねぇけどな、科捜研は警察職員だ。ただ優秀ってだけじゃ務まらねぇよ」
 一点の曇りも濁りもない真っ直ぐな眼差しと、確信に満ちた強い声。それはまるで、闇を切り裂くように鋭く、鮮明に響き渡った。近藤が、こっそりはにかんだ。
 一方男は訝しげな顔をし、はっと息を吐くように嘲笑した。
「あいつといいお前といい、さっきから何言って……」
「優秀なんだろ。自分で考えろ」
 男の言葉を遮って一蹴すると、紺野は終わりとばかりにこちらへ足を進めた。
 紺野の背中を忌々しそうに見つめながらも、男から立ち上っていた邪気が小さくなり、それ以上喚くことなく連行された。宙に浮かんでいる悪鬼もあとを追う。下手をすれば、男は死ぬまで取り憑かれたままだろう。けれど、この状況ではどうしようもない。
 春平は気持ちを切り替えて、紺野に声をかけた。
「あの……」
「うん?」
「実は、あの人たち変なこと言ってて」
「変なこと?」
「あ、言ってた言ってた」
 紺野が首を傾げ、弘貴が追随し、茂と夏也がうんうんと頷いた。
「あれは幻覚だとか何とか」
「幻覚?」
 はい、と春平が頷くと、紺野は隊員たちと目を合わせた。精霊を見ている紺野なら「あれ」が何を指すのか理解できるだろう。だが、見えない人でも男たちの言葉が何を意味するか、察しはつく。
「なるほど。クスリ買う金欲しさに協力したってことか」
 溜め息交じりに言うと、紺野は分かったと踵を返した。男三人を拘束中の警察官に耳打ちし、続けて犯人たちの車へと向かった。
 その背中を見つめて、春平はわずかに目を細めた。
 優秀というだけでは務まらない――その言葉が、妙に心に引っかかった。
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