第5話

文字数 2,232文字

 ということは、鈴の肩に乗っていた朱雀も火を吹けたのか。見せてと言いたいところだがまたの機会にして、つまり、本来干渉してこない、あるいは使いとしてのみ手を貸してくれる精霊が、何故あれだけの数集まったのか、ということだ。
 大河を終え、晴の傷を治癒していた鈴がふんと鼻を鳴らした。
「お前たちは、私がただ畑仕事に精を出し、郷土料理に舌鼓を打っていただけだと思っているのか」
「違うのか?」
「違うの?」
 志季と大河の声が綺麗に重なり、鈴がぎろりと二人を睨みつける。晴が増した痛みに顔を歪めた。
「そんなわけあるまい。日夜精霊たちに声をかけ、協力を仰いだのだ」
 ただ護衛していただけでなく、もしもの時のために、鈴も神としてできることをしてくれていたのか。そっか、と大河は尊敬と感謝の眼差しを向ける。
「だがまあ、この島の精霊たちは、この島や島民をずいぶんと好いているようだからな。話は早かった。島民が神への感謝を忘れていない証拠だ」
 神への感謝――。
 嬉しそうに口元を緩める鈴を見て、思い出した。
「そういえば、風が迷子になった時、変な風が吹いたんだよ。神社にいたのに、ビル風みたいな吹き方でさ。その風に乗って風の声が聞こえてきたから見つけられたんだ。それに、昔から島には神様がいるって信じられてて、助かったって話しがいくつか伝わってるんだ。もしかして……」
 ずっと、恵比寿神だと思っていた。でももし牙だったとしたら、今日も。
 大河が視線を投げると、宗史たちも志季へ視線を向けた。志季は一度牙と会っている。
「一瞬だったけどな。島の神があいつかどうかはともかく、あの神気は牙だったぞ。だよな」
 志季が身を乗り出し、大河の向こう側の柴と紫苑を覗き込んだ。二人揃って頷き、柴が言った。
「ああ。間違いない」
「ほう。覚えのない神気を感じたが、あれが牙か」
 なるほど、と呟いて、鈴は晴の腕から手を離した。
 言い伝えに風子の迷子、柴が復活した時。そして今日。
 大河は視線を空へ投げた。
「ありがとな、牙」
 自然とついて出た。島の神様が牙だとは限らない。本当に恵比寿神かもしれないし、別の神様がいるのかもしれない。
 結局姿を見せてくれなかったけれど、助けてくれたのは事実だ。
 笑顔で見上げる大河につられて、全員が空を仰いだ。満天の星は静かに瞬き、欠けた月は白い光で優しくこちらを照らす。煙の匂いに、海の遠音に乗って届く潮の香り。気が付けば、止んでいた虫たちの鳴き声が辺りを包んでいた。
 牙は今も、天からこちらを見ているのだろうか。
 短い静寂を破ったのは、宗史の携帯の着信音と、お待たせーと言うのんきな雪子の声。各々お椀をゲットし、いただきますと合掌してレンゲをつける。雪子は布団の支度をするために、続きの間へと入った。
 出汁の香りは食欲をそそるが、まだ腕が重い。
「ふむ。筋肉痛には効かぬか」
 そろそろとお椀を持ち上げる大河に、鈴が興味深げに言いながら紫苑の隣に腰を下ろした。
「ちょっとマシになってるけど、完全には」
 これは本格的に筋肉をほぐさなければ、樹に何を言われるか分かったものじゃない。大河はおじやを冷ますふりをして息をついた。
 美味いなこれ、出汁が効いてる、雪子は料理上手だ、と称賛が上がる中、携帯とお椀を持ち替えながら宗史が言った。
「父さんから指示が出たぞ」
「げ、人使い荒すぎんだろ。何だって?」
 晴がレンゲを口元で止めて顔を歪めた。
「帰りのチケットが夜しか取れなかったそうだ。それまでに、例の洞窟の調査をしてくるようにと」
「あ、なるほど。まあそのくらいなら。でも、潮が引いた時しか行けねぇんだろ?」
 レンゲ越しに視線を向けられ、大河はおじやに息を吹きかけながら頷いた。
「この時期なら、二時か三時くらいかな」
「一番暑い時間帯だなぁ。お肌焼けちゃう」
「じゃあ来るな」
「……お前、日に日にSっ気が増してねぇ?」
「誰がSだ。大河、案内を頼む」
「はーい」
 SだろドS、じゃあお前はドMだろう、と軽口を叩きながらおじやを口に運ぶ宗史と晴。えすやえむとは何だ、と柴に尋ねられ、教えていいものかと思案する鈴に、大河は笑いを噛み殺す。
 焚き口の方から、影唯が精霊に礼を言いながら庭へ入ってきた。
「ずいぶん早く終わったよ、ありがとう。お疲れ様。皆、お風呂が沸いたんだけど、どうする? 報告を済ませてからにする?」
「おっ、早いな。俺入る。いいよな」
 おじやを平らげた志季がきらきらした目で大河たちを見渡す。そんな目をされると駄目だとは言えない。宗史と晴が嘆息した。
「しょうがねぇな。報告はあとにして、お言葉に甘えるか。宗、お前も先に入れ」
「ああ。すみません、影唯さん。お言葉に甘えさせていただきます」
「うん、ゆっくりしておいで。熱かったら水足していいからね」
「はい」
「なあ、先に行ってもいいか?」
「ああもう、行け行け」
 まだ食べ終わっていない宗史を待つ気はないらしい。そわそわと立ち上がった志季に、晴がしっしと虫を追い払うように手を振った。
「悪いけど、裏口から入ってね」
「おう」
 影唯の後ろを素直について行く志季が何だか可愛らしくて、大河は肩を震わせる。よっぽど薪風呂が好きらしい。こうも楽しみにされると、影唯も風呂を焚く甲斐があるだろう。
「鈴、どうした?」
 庭先をくるくる旋回する精霊を見ていた鈴に、晴が尋ねた。不思議そうに小首を傾げている。
「……いや」
 ひと言だけ返して、鈴は最後の一口をレンゲですくった。
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