第14話

文字数 3,240文字

 来た時はずいぶんと不気味に思えていた薄暗い廊下も、人数が多いと何とも思わない。人の心理は実に都合がいい。それとも、悪鬼がいなくなったからだろうか。
 一階に下り、エントランスを突っ切って夜間通用口の狭い廊下を通り外へ出た。ずっと薄暗い場所にいたせいでやけに外が明るく思えて、大河は目を細めた。
「除霊は無事終わりましたので、ご安心ください」
 宗史がそう告げると、警備員はほっと息を吐いた。
「ありがとうございました。これでまた安心して警備ができます」
「では、失礼します」
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げる警備員に会釈をし、大河ら六人は路肩に停車しているタクシーへと向かった。
 前を行く晴と真奈美、京香の後を、大河と宗史が続く。
「ねえ、今さらなんだけど、貴方たちって除霊師とかそういうのよね」
「ほんとに今さらだな」
 音羽を抱えたまま晴が苦笑いを浮かべた。
「だって、いきなり現れたから」
「ヒーローみたいだったろ?」
 にっと笑った晴に、真奈美と京香が呆れたように笑う。後ろでは、大河と宗史が全身を襲った鳥肌に身震いしていた。ヒーローって自分で言った、あれは絶滅危惧種指定の珍種だ、とこそこそ真面目な顔で茶化す。
「そうね、皆格好良かったわ」
「確かに! ほんとにいるんだねー、除霊師って」
「今まで信じてなかったし胡散臭いと思ってたけど、こんな経験しちゃ信じるしかないわよね。貴方たち限定だけど」
「そりゃ光栄だな。なんだったら連絡先教えようか? 何かあった時のためにさ」
「やめとくわ。関わったら次々と心霊現象に巻き込まれるパターンだもの」
「あたしもー。もう二度とごめんよねー」
「あ、あたしも……ごめんなさい……」
 晴は「つれないねぇ」と残念そうな溜め息をついた。ついでに大河と宗史も溜め息をついた。連絡先の交換が失敗したことではなく、下心をダダ漏らしながらも仕事を建前にナンパしようとした晴に対してだ。
 真奈美がタクシーに駆け寄り声をかけると、後部座席の扉が開いた。
「音羽を一番に送るから先に乗るわね」
 そう言うと、真奈美は大河たちを順に見た。
「本当にありがとう。助かったわ。音羽のことも、助けてくれてありがとう」
 満面の笑みを浮かべて奥へ乗り込んだ真奈美に続いて、京香が三人を見渡した。
「助けてくれてありがとう。じゃあね」
 京香も満面の笑みを浮かべて乗り込む。続けて、晴が腰を屈め音羽をゆっくりと座席に下ろす。
「じゃあ気を付けてな」
「あの……っ」
 晴が離れようとした時、音羽が前屈みの体勢で見上げてきた。
「助けていただいて、ありがとうございました。ほんとに、助かりました」
 晴、大河、宗史の順に視線を送りながら告げられた礼に、三人は微笑みを返した。
「じゃあな」
 そっけなくも聞こえる一言で晴がタクシーから離れると扉が自動で閉まり、ゆっくりと発車した。窓から三人がひらひらと手を振る姿に、晴と大河が手を振り返す。
 しばらくタクシーを見送り、さて、と晴が振り向いた。
「帰るか」
「うん」
 音羽を抱えていたからなのか、首を鳴らす晴を見て、大河もふっと肩の力を抜いた。と、
「う、わっ」
「おいっ!」
「っとぉ!?」
 突然、足から力が抜けた。まるで膝カックンを食らったように勢いよく崩れ落ちた大河に、宗史と晴が反射的に手を伸ばした。
 両側から二の腕を掴まれ、操り人形のような格好のまま呆然と地面に座り込む。
「あー……まあ、こうなるよな普通。あんなでかい結界張り続ければ」
「気力で立ってたんだな」
 大河は納得した様子で掴んでいた腕を放す二人を見上げた。
「霊力の使いすぎで力が抜けたってこと?」
「ああ。悪い、気を付けるべきだったな。でも……」
 ぽん、と頭に手が乗った。
「大河がいてくれて助かったよ。よくやった」
 少し腰を屈めて大河の顔を覗き込むようにして、宗史は微笑んだ。
「確かに、大河がいなかったら強行突破しかなかったからな。お姉さんたちも無事だったかどうか微妙なところだ」
 おもむろに、大河の前に晴が背中を向けてしゃがみ込んだ。乗れとは言わないが雰囲気がそう言っている気がした。
 大河は腕を伸ばして、晴の首に巻きつける。
「役に立った? 俺」
「ああ、もちろん」
 よっ、と勢いをつけて晴が立ち上がり、車を停めた駐車場へと向かう。
「初陣であれだけできりゃ十分だろ」
「同感だ。それにしても、大河の霊力量、予想はしていたけどまさかあれほどとはね」
「でかかったよなー、あれ。しかもあの強度だろ? そりゃ独鈷杵割れるっつーの」
「樹さんが見たら大興奮の大きさだったな」
「いなくて良かったっ」
「何言ってる。樹さんは指導だろ、報告上げるぞ」
「上げなくていい!」
「馬鹿言うな。霊力量のことも踏まえてプランを立て直す。基本的な結界はもういいとして、次は霊符を使った結界……いや、浄化か調伏を覚えさせる方がいいか。樹さんと相談するけど、とにかく真言覚えろよ」
 さっそく変更プランを模索し出した宗史に、大河は顔をしかめた。
「暗記苦手……」
「俺、お前が師匠じゃなくてほんと良かったって思うわ。独鈷杵と破邪も半端だろ? 体術もあるし」
「霊力の使い方に慣れてきたようだし、問題ないだろう。それに、父さんより優しい」
「やめろ思い出させんな!」
 ぶるっと晴が体を揺らした。晴にこんな反応をさせる宗一郎の訓練とはどんなものなのか。興味はあるが受けたいかと言われたら速攻で拒否する程度には、宗一郎のふざけた性格と恐ろしさは分かってきた。
「大河」
 ふと宗史が正面を向いたまま、神妙な声で言った。
「お前も気を付けろよ、共鳴」
「え? 俺?」
「影正さんの手紙にも書いてあったな」
「ああ。音羽さんが話をした時、何か話しかけようとしただろう。お前は人に寄り添いすぎる。人であれ悪鬼であれ、切り捨てるべき時を見誤るな」
「……うん、分かった」
 大河は素直に頷いた。
 言外に、寮にいるかもしれない内通者の事を言われているような気がした。少し下向いた心を上向かせようと、大河は改めて周囲を見渡した。
 十一時前に現場に入ったから、今はおそらく十二時前くらい。それなのに、たくさんの人々が行き交い、喧騒が響き、街のネオンがきらびやかに輝いている。島では絶対に有り得ない光景だ。この中の一体どれくらいの人たちが自分の心に素直に生きて、どれくらいの人が自分の心に嘘をついて生きているのだろう。
 すれ違った男女が、大河を見上げてくすくすと笑いながら通り過ぎた。仕方がないとはいえ、さすがに恥ずかしい。大河は再び俯いた。
 ふと、違和感を覚えた。再度周囲を見渡し、気付く。
「ああ、そっか」
「ん、何だ?」
「や、いつもと目線が違うなって。背が高いとこんな感じなんだ」
 へぇ、と興味津津に視線を投げる大河に、宗史と晴が笑った。
「お前、言うほど小さくねぇだろ。今何センチだ?」
「170。けど、せめてあと五センチは欲しい。晴さんって何センチ?」
「183、だったか。身長なんて高校以来測ってねぇからなぁ」
「180越えかぁ、いいなぁ。宗史さんは?」
「177だな。大河はまだ伸びるんじゃないのか?」
「俺もう高二なんだけど。伸びるかなぁ」
「大丈夫だろ。宗も高校ん時にめっちゃ伸びたタイプだし」
「そうなの?」
「ああ、まあ……」
「こいつ、中学ん時小さかったんだよな。で、このツラだろ? そりゃあもう」
「全力で調伏してやろうか、晴」
「何だよいいじゃねぇか。あの頃の写真うちにあると思うけど、大河、今度見に来るか?」
「行く行く!」
「行かなくていい!」
「んじゃ、宗一郎さんに聞いてみよー」
「お、いいとこつくな」
「お前ら……ッ」
 ぎゃあぎゃあと騒がしい声を響かせながら、駐車場への道を急ぐ。
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