第1話

文字数 1,159文字

 三鬼神の縄張りは、武蔵国(むさしのくに)(現東京・埼玉)と西に隣接する甲斐国(かいのくに)(現山梨)、相模国(さがみのくに)(現神奈川)、北の上野国(こうずけのくに)(現群馬)の一部だ。
 鬼にとって縄張りの大きさは、人はもちろん動植物など、食糧の多寡(たか)に直結する。かつては下野国(しもつけのくに)(現栃木)や信濃国(しなののくに)(現長野)、常陸国(ひたちのくに)(現茨城)、下総国(しもうさのくに)上総国(かずさのくに)安房国(あわのくに)(全て現千葉)にまで広がっていたが、人をはじめ、長年による三鬼神同士の縄張り争いや配下にない鬼たちとの戦によって次第に勢力が衰え、縮小したらしい。
 やがて、柴、隗、皓が三鬼神の座に就き、縄張りの変動は徐々になくなっていく。
 武蔵国を横に三分割し、柴は上野国と武蔵国の北側、隗は甲斐国と武蔵国の中央、皓は相模国と武蔵国の南側を治め、配下に加わらない鬼たちが周辺に独自の縄張りを持っている。というのが、当時のおおよその勢力図だ。
 配下にない鬼たちは「野鬼(やき)」と呼ばれ、規模に差はあるが多くの集団が存在していた。
 三鬼神の座や縄張りを虎視眈眈と狙っては幾度となく戦を仕掛け、強襲、奇襲、急襲、間者など手段を問わず、鬼、人、女子供も容赦なく殺害、略奪し、暴虐的な連中ばかりで構成された、要は盗賊のようなものだ。ゆえに野鬼同士の争いも多く、頻繁に壊滅、吸収や同盟を結んでは分裂や裏切りを繰り返すため、明確な数や力関係、縄張りは不明で、三鬼神も手を焼いていた。
 そんな中でも唯一はっきりと存在を確認できていたのが、自ら「餓虎(がこ)」(飢えた虎、もっとも凶暴なものの意)と名乗る集団だった。野鬼の中で最大勢力を誇り、構成する鬼や傘下にある集団の数も多く、また残虐性においても突出していた。
 首領の名は、剛鬼(ごうき)と言った。だが、三鬼神をはじめ誰一人としてその姿を見た者はおらず、名も本当かどうかすら分かっていない。身の丈は十六尺(約五メートル)の巨漢、角は三本、妖術を使う、奴の姿を見て帰ってきた者はいない等々、嘘か真か分からない噂は出回っていたが、そもそも誰も見ていない上に生きて帰ってきた者がいないのに信憑性がないと、懐疑的な意見が多かった。
 そして千代。悪鬼なだけに神出鬼没で、けれど彼女が標的とするのは人であり、互いに不干渉が暗黙の了解となっている。だが、人を恨み滅亡を望む彼女にとって、人を糧にして生きる鬼は煩わしい存在とも言える。いつ千代が戦を仕掛けてくるかという危機感は、どこかにあった。
 また人の世はというと、それぞれの国に国府を置いて国司を派遣した。特に武蔵国には、京の都の貴族や寺社の荘園、朝廷の牧場が置かれ、高句麗から渡ってきた多くの人々を移住させ、最果ての地と呼ばれながらも大国へと発展した。だが一方で、盗賊が幅を利かせ、北の蝦夷との戦が絶えなかったせいで治安は相当に悪かった。
 三鬼神の縄張りは、鬼と人が混在する、そんな地にあったのだ。
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