第11話

文字数 5,497文字

 昼食後は、一時頃まで休憩だ。
 樹は「時間になったら起こして」と告げて和室へと消え、怜司と昴はダイニングで食後のコーヒーを飲みながらテレビへと耳を傾け、弘貴と春平はソファで携帯ゲームに興じ、茂は双子と一緒に擬人式神作成の続き、華と夏也、香苗は片付け、美琴はいつも通り部屋へ下がった。
 見慣れた午後の漫然とした空気が流れる中、大河はソファで携帯を凝視する。
「送料の方が高いって何なんだ……」
 腑に落ちないと言いたげにぼそりと呟いた大河に、向かい側の弘貴と春平が視線を投げた。
「大河、さっきから何見てんだ?」
「ああ、お守り袋。宗史さんが通販で買えるって言ってたから、まとめて買っとこうと思って」
 いくつかヒットしたお守り袋は、安い物では三百円前後だが、高い物では千円を超える物もある。安い物は送料の方が高くつくが、まとめて買うなら気にする必要はない。けれどどうにも損をした気分になるのは、貧乏性だからだろうか。
 ふと、藍と蓮が顔を見合わせておもむろに立ち上がり、和室へと入って行った。どうしたんだい? と茂が目線で追いかけた。
「焦げ焦げだったもんな」
「護符って発動したら熱持つんだね。初めて知った」
「発動させてる時に触らねぇからなぁ」
 新発見、と言いながら二人は再び携帯に視線を落とした。大河も喉の奥で唸りながら検索を再開すると、キッチンから声がかかった。
「大河くん」
「あ、はい?」
 布巾を持ってキッチンから出てきた夏也に顔を向ける。
 藍と蓮が一冊の本を抱えて和室から戻り、茂に見守られながらいそいそと開いた。
「よかったら、作りましょうか」
「……え?」
 微塵も表情を動かさず思いがけない提案をした夏也に、大河はきょとんと目をしばたいた。全員が各々手を止めて夏也を見やる。
「もちろん、ご迷惑でなければですが」
「え、え……? 作るって、お守り袋をですか?」
 緑色のお守り袋が映っている画面を掲げると、夏也は少し困ったように首を傾げた。
「そこまで立派な物は作れませんが、厄除けの刺繍くらいなら……」
「できるんですか!?」
 はい、と夏也は小さく頷いた。
「マジで!? すっげぇ!」
 うわぁ、と興奮気味に感嘆の声を漏らしながら、夏也を尊敬の眼差しで見つめる。
「じゃあお願いしてもいいですか?」
「はい、分かりました」
「ありがとうございます!」
 満面の笑みで礼を言った大河に、夏也はいえと謙遜をして背を向けた。ゆっくりとテーブルを拭く夏也を、怜司と昴がちらりと見やり、顔を見合わせて小さく笑みを浮かべた。
 ローテーブルでは、手を止めて俯いたままの藍と蓮の手元を茂が覗き込み、ああと声もなく呟いた。そして二人に何か囁くと、擬人式神を作っていた半紙を引き寄せた。
「確か、藍と蓮のショルダーバッグ作った時の端切れがあったわよね」
「はい、ミシンと一緒にリネン庫にしまいました」
「紐とか残ってたかしら?」
「刺繍糸で代用できますから、大丈夫です」
「さすがだわ、夏也。あたしも覚えておきたいから、哨戒の時間まで手伝ってもいい?」
「はい、もちろんです。いくつか作った方がいいようなので、助かります」
 後で探しましょう、はい、とカウンター越しに相談を進める二人の声を聞きながら、大河は満足そうに開いていたサイトを閉じた。
 出費がなくなったことも嬉しいが、手作りのお守り袋なんて初めてだ。というより、身内以外の女性から手作りの物を貰うのが初めてだ。ちょっと、いやかなり嬉しい。
 それにしてもショルダーバッグまで作れるのか、とますます感心した様子でキッチンへと戻る夏也を横目で見やると、縁側の窓が軽く音を立てた。
 振り向くと、宗史がひらひらと手を振って立っている。
「あれ?」
 携帯をテーブルに置き、腰を上げながら時計を確認すると、まだ一時にもなっていない。ソファをぐるりと回り込んで窓を開ける。
「宗史さん、早いね」
「ああ、護符を早く渡そうと思って。それと、報告書の事は聞いたか?」
 う、と大河は声を詰まらせた。
「聞きました……」
 昼食の最中に茂から話を聞いた。宗一郎から連絡があり、非常に読み辛いから一度目を通してくれと言われた、と。自分では上出来なつもりだったから少しへこんだ。
「まあ、文章は書いてるうちに慣れるし、お前はやることが多いから。あまり気負わなくてもいいが……」
 宗史は、室内に上がりながら何か言いたげに言葉を切った。
「次からしげさんに添削してもらいます……」
 窓を閉めながら告げた自虐的な言葉に、そうしてくれ、と宗史が苦笑した。
「宗史さん、アイスコーヒーでいいですか?」
「ああ、ありがとう頂くよ」
 はい、と香苗が準備をする横で、華と夏也がお願いねと香苗に告げてキッチンを後にした。
「大河、これを」
 すっかり定位置となったソファに並んで腰を下ろしながら、宗史が持っていたB5サイズの茶封筒を手渡した。
「護符と霊符だ。一通り渡しておくから、常に携帯しておけ。いいな」
「うん。分かった、ありがとう」
 昨日のこともあって気を使ってくれたのか。ない交ぜになった有り難い気持ちと申し訳ない気持ちを抱え、大河は茶封筒を開けた。
 取り出すと、護符に各種霊符が揃っている。しかも各五枚ずつ。一度にたくさんは描けないと言っていたことを思い出して、申し訳ない気持ちが強くなる。宗史も暇ではないだろうに、こんなにたくさん。報告書といい、早く自分で描けるようにならなければと、気が急く。
「それで、どうだ? 独鈷杵の方は」
 ありがとう、と香苗からグラスとコースターを受け取りながら尋ねられ、大河は顔を上げた。香苗はダイニングへ戻って一息つき、自分のグラスに口を付ける。
「あ、うん。もう少し」
「そうか。樹さんと怜司さんがついてるから大丈夫だろうけど、新しい処分を追加されないようにしろよ」
「嫌なこと言わないでよ。それでなくても樹さんからのプレッシャーすごいのに」
 ふてくされたような反論に、宗史はストローに口を付けながら声もなく笑った。
 と、テーブルの向こう側で何やら作っていた藍と蓮が手を止め、大河に視線を投げた。ほら、と茂に背中を押され、立ち上がると恥ずかしそうに手をつないで大河の側に歩み寄る。蓮の手には、何か握られている。
「ん? 何?」
 首を傾げると、藍と蓮は顔を見合わせた。皆からの視線を浴びながら、持っていたそれを二人で持ち直し、おずおずと差し出した。
「何? くれるの?」
 こくりと頷いた。見る限り半紙で作った物だろうが、一見しただけでは分からない。皆が興味津津に首を伸ばして覗き込んでくる。
「ありがとう」
 茶封筒をテーブルに置き、何か分からないがとりあえず受け取ってまじまじと眺める。長方形の半紙を縦半分に折って袋状にした物で、上の両角が内側にちょこんと折れ曲がっている。この形は。
「あ、お守り袋?」
 こくりとまた頷いた。半紙でできたそれは普通のお守り袋より少し小さめで、折り目が少しずれ、両角の大きさも違う。大人なら難なく作れそうな構造の、簡単なお守り袋。けれど。
「……ああ、やばい……」
 じわじわと押し寄せる感動に耐えるように、大河は両手でお守り袋を握ったまま、俯いてぽつりと呟いた。
「泣きそう……」
 続けて呟いた言葉に、皆が息を吐くような笑い声を漏らし、藍と蓮は目に見えてうろたえた。大河の膝に手を置き、眉尻を下げた大きな目で見上げる。
「いけないことした?」
「ごめんなさい」
 泣くイコール傷付けたと認識しているのか、双子の目に不安の色が滲んだ。
「そうじゃないよ、そうじゃなくて……」
 大河は大きく首を横に振り、ああもうっ、とたまらない様子で跳びかかるように双子を抱き締めた。
「嬉しくて泣きそうって意味。ありがとう、めっちゃ嬉しい。てかもう天使にしか見えないどうしよう、めちゃくちゃ愛しいんだけど!」
 溢れだす感情をそのまま口にした大河に藍と蓮は破顔し、皆からは笑い声が響いた。
「大河ってさ、結構感激屋だよな」
「感動ストーリーとか号泣しそうだね」
 弘貴と茂がからかうように漏らした感想に、皆が納得した様子で頷く。
「あら、何どうしたの?」
 小型のミシンと裁縫箱、A4サイズの箱を手に、華と夏也が戻ってきた。今にも頬ずりをしそうな勢いで双子を抱き締める大河に首を傾げる。
「双子が作ったお守り袋に感動している最中です」
 甥っ子と姪っ子を溺愛する親戚のおじさんと化した大河の代わりに、宗史が答えた。大河がやっと双子を解放すると、藍と蓮は華と夏也を見上げた。
「一緒に入れたい」
「いい?」
 通訳すると、華たちが作ったお守り袋に一緒に入れて欲しい、だ。
「もちろん、いいですよ」
 夏也が大きく頷くと、双子はぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、サイズ合わせなきゃいけないわね。大河くん、ちょっと借りてていいかしら」
「はい、お願いします」
 フットスイッチ式らしく、ダイニングテーブルにミシンを置いた華が大河からお守り袋を受け取った。引き寄せられるように藍と蓮もそちらへ向かう。
 どの生地がいいかしら、と箱を開けながら相談する華と夏也、それを興味津津に覗き込む藍と蓮を見やり、大河は緩みきった顔でグラスに口を付けた。
「樹さんの訓練で荒みきった心が癒された……」
「聞かれたら殺されるぞ」
 小さく笑い声を漏らして宗史が指摘すると、大河はやばっと肩を竦めた。和室の襖は閉められているが、何せ相手は樹だ、聞かれていないとも限らない。
「あ、そうだ。あのさ、宗史さん」
「うん?」
「あー……」
 風子からの伝言を伝えようと思ったのだが、晴がまだ来ていない。
「後でいいや、晴さんが来てから話す」
 宗史は言いかけて止めた大河に首を傾げた。
「それより、影綱の独鈷杵のことなんだけど。今日、父さんと省吾が探してくれて、午前中に連絡があったんだ」
「見つかったか」
「いや、それが――」
 大河が経過を説明すると、そうかと宗史は残念そうに息をついた。
「確かに、日記にヒントが書かれている可能性はあるが、影正さんたちが気付かないはずがないだろうし……微妙なところだな」
「やっぱりそう思うよね。だから宗史さんたちにも読んでもらおうと思って。晴さんも読むよね?」
「どうだろうな。あいつ普段本を読まないから」
「俺と一緒だ。宗一郎さんと明さんは?」
「喜んで読むだろ」
「じゃあ、先に宗一郎さんと明さんかな。その後で樹さんと怜司さんに回すね」
「お前は?」
「俺、読むの遅いから最後でいいよ。結構な量みたいだし」
 何せコピーを渋るほどの量だし、あれこれとやることも多い。しかも独鈷杵のヒントを探りながら読み進めなければならないのなら、どう少なく見積もっても一カ月はかかりそうだ。そんな余裕はない。ならば頭脳組みから読んでもらう方が正解だ。このメンバーなら早々に回ってくるだろう。
「分かった。そのことも報告しておく」
 うん、と大河が頷いたところで、美琴と樹が同時に姿を現した。時計はちょうど一時をさしている。
「あら、もうそんな時間? 昴くん、行きましょうか」
「はい」
「じゃあ僕たちも出ようか、香苗ちゃん」
「はい」
 茂は赤い和紙箱に擬人式神を入れ、余った半紙と一緒にテレビ下のローキャビネットへと移動する。
「じゃあ行ってきます」
 代表で茂が挨拶をすると、行ってらっしゃい、気を付けて、と皆から声がかかった。
 その間、樹は大あくびをしながらふらふらとソファに歩み寄り、乱暴に腰を下ろした。そのまま再びごろんと横になる。まだ寝足りないようだ。一方美琴は、冷蔵庫からスポーツドリンクを二本取り出し、一本は自分、もう一本は樹の前のテーブルに置いた。気配を察した樹が虚ろな目で見上げ、ありがとー、と礼を言いながらのっそりと体を起こした。髪がライオンのたてがみのようだ。
「香苗ちゃんも哨戒に行くんだね」
 樹から香苗は後方支援だと聞いていたから、てっきりメンバーからは外れているものと思っていた。
「時々な。学校や通学路は学生組の担当だから、遭遇した時の耐性を少しでも付けるためだ。ただ、今の状況だとちょっと心配ではあるけど」
 昼間は悪鬼の活動が鈍い、というこれまでの認識は、公園襲撃事件で崩れた。大河は心配そうに姿を消した扉へ視線を投げる。
「鬼と遭遇しない限り大丈夫だよ、しげさんが一緒だし。あの人、独鈷杵使えるし大河くんが思ってるよりかなり強いよ」
 香苗ちゃんもね、と付け加え、樹はペットボトルを煽った。
 茂も独鈷杵が使えるのか。大河は、茂はもちろん、香苗にも歯が立たなかったことを思い出し、少し悔しい気持ちになった。よくよく考えると、霊力や体術の基準が誰なのか分からない。宗一郎たちならば、樹が言うように自分が思っている以上に皆のレベルは高いだろう。
「それに、今の君に人を心配する余裕なんてないでしょ」
 樹はペットボトルの蓋を閉め、腰を上げた。倣うように皆が腰を上げ始める。
 確かに、今は独鈷杵のことを考えなければ。ただ心配するだけなら誰にでもできる。難しいのは、その先。幸いにも、その先へ進めるだけの環境に、今自分はいるのだから。
「よし、午後の訓練始めるよ」
「はいっ」
 大河は、首を鳴らしながら縁側に向かう樹の後を追った。
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