第11話

文字数 2,542文字

 意気消沈した草薙たちを見つめていた一介が、宗一郎を見やった。
「宗一郎様、例の件は」
「一人負傷者が出ましたが、傷は浅いようです。彼女たちも無事です」
 そうですか、と一介と一信はほっとした顔で息を吐いた。
「ただ――志季」
 不意に呼びかけられ、志季は不憫な目をしたまま視線を上げた。
「報告が途中だったな」
「ん、ああ……」
 志季は気を取り直すように嘆息して口を開いた。
 冬馬たちを襲った犯人を追った先、賀茂家で何があったのか。誰と対峙したのか。草薙が証言した敵側の名前の中に、玖賀真緒という知らない名前があった。他に仲間がいなければ、おそらく弥生と一緒にいた少女だろう。そして彼女が、犬神の術者。
「――多分、あいつら生きてねぇと思うぞ。龍之介は置き去りにしたのに、あいつらは庇うとかおかしいだろ。あと弥生って奴らだけどな、ちゃんと仲間意識がある。左近もそう言ってたぞ」
 そう言って、志季は締めくくった。一介と一信は渋面を浮かべ、龍之介目を丸くして志季を凝視している。
「ちょ、ちょっと待てよ、何だよそ……」
 先程、宗一郎が言った言葉を思い出したようだ。中途半端に言葉を切り、俯いた龍之介を誰もが叱責の目で見つめる。ボイスレコーダーで会話を録音していたくらいだ。冬馬たちを襲った実行犯が、龍之介を仲間だと思っていたかどうかは怪しいところだが、少なくとも龍之介の方はそう思っていたらしい。つまり、自分のせいで仲間が死んだのだ。
 宗一郎が、ついと怜司へ視線をやった。
「怜司。本当にいいんだな?」
 念を押すように問うと、怜司は目を伏せて「ええ」と頷いた。
「他の被害者の方は不本意かもしれませんが、こいつらをきちんと裁いて、新しい犠牲者が出ないようにすること。それが香穂の願いです。そうすると、約束しました」
「……分かった」
 怜司の決意を受け取るように瞬きをし、宗一郎は一信を見やる。その視線を受けて、一信は龍之介に目を落とした。
「ここへ来る前に、俊之くんに会ってきた」
 驚いた顔をしたのは紺野だ。
「事の成り行きを全て話し、謝罪した。彼は、お前たちに手を貸してしまった時から覚悟はできていたそうだ。龍之介。お前、これまでのことを動画に撮っているな」
 一信は濁したが、それが何なのか考えるまでもなかった。怜司が香穂から聞いたのだろう。だから宗一郎は怜司に確認したのか。警察が調べれば、確認のために人の目に晒されるのだ。さっきは少し感傷的になったけれど、やはり救いようがない。本当に最低ですね、と夏也が呟いた。
 龍之介が俯いたまま小さく頷くと、一介が杖を支えに立ち上がった。何をされるのか察した龍之介が、ひっと喉を引き攣らせ、亀のように体を丸めて地面に伏せた。一介はホルダーから杖を抜き、振り上げた杖を容赦なく目の前の背中に振り下ろした。バシッ、バシッ、バシッ、と三度、強く打ち付ける乾いた音が響く。草薙と二がのけ反ってその光景を隣で眺めている。
「お前は……っ、お前たちは人ではない、悪魔だ!」
 吐き捨てられた言葉が、妙に耳に響いた。
 鬼のような形相で荒く呼吸をする一介を、一信が支えながら車椅子に座らせた。しばらく背中をさすって落ち着かせてから、改めて龍之介たちを見下ろす。
「お前たちは、このあとすぐ警察に出頭しろ。龍之介が拉致しようとした女性たちの証言で、警察の手が伸びる。それに、お前たちは狙われる可能性がある。絶対に安全ではないが、自宅より警察の方がまだマシだろう。だが勘違いするな。温情で言っているのではない。償いもせずに死なせるわけにはいかないだけだ」
 彼らの罪を考えると、執行猶予すら難しいだろう。逮捕、起訴され、実刑が下り刑務所に入って刑期を終え、何もないまま前科者として残りの人生を送らなければならない。一から、自分だけの力で。
 長い年月をかけて、草薙家が代々築き上げてきたものを私利私欲に、しかも犯罪に利用した。散々贅沢な暮らしをしてきた彼らからしてみれば、地獄のような日々が待っている。それは二や花輪も同じで、これまで犯してきた罪の代償だ。けれど、加賀谷は――。
 宗一郎が言った。
「ただし、六年前の件と鬼代事件に関しては、喋る必要はない。六年前の件に関しては物的証拠が残っておらず、決定的な証拠がなければ警察は逮捕に踏み切れない。そうですよね、紺野さん」
 ちらりと視線を投げられ、紺野は複雑な顔をして頷いた。
「冤罪や身代わりの可能性があるので、自白や証言だけで逮捕はできません」
 ということは、六年前の件で草薙たちが裁かれることはない。また逃亡していた岡部は、人身事故の加害者として逮捕される。当然雇われたことは証言するだろうが、証拠がないし、そもそも二の正体を知らないのだ。再捜査され、二に行きついて彼が自白したとしても、証拠がないことに変わりはない。喋るだけ無駄、というわけか。真実が分かっても、裁けないなんて。
 法律ってのは面倒臭ぇな、と志季が不満気にぼやいた。
「また鬼代事件については、警察に本格的に介入されてはこちらが動きにくくなるだけでなく、犠牲者を増やしかねない。だから、喋るな」
 ぴしゃりと命令され、草薙たちはうなだれたまま頷いた。もうすっかり気力を失くしている。そんな草薙たちに、宗一郎がさらに追い打ちをかけた。
「顔を上げて、周りをよく見ろ。お前たちが禁忌に触れた結果だ」
 そう言われ、草薙たちはゆるゆると顔を上げて視線を巡らせた。
「総力戦ともなれば、これとは比べ物にならないほどの被害が出るだろう。先程の悪鬼や攻防を見て分かったはずだ。そうなると、これまで失われた多くの命や人生に加え、新たな犠牲者が出ないとも限らない。いいか、今一度言う。お前たちが犯した罪は、どう償っても償いきれるものではない。そのことをよく肝に銘じておけ」
 総力戦――。
 大河は宗一郎の言葉を聞きながら、広げた両手に目を落とした。尖鋭の術を受けた時の重みが、まだ残っている。もし志季が先に結界を張っていなければ、もう一度攻撃されていたら、耐え切れなかったかもしれない。そう思うほどの威力だった。
 あんな術が行使できるほどの霊力を持った奴と、戦うのか。
 大河は両手を握り、ごくりと喉を鳴らした。
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