第14話

文字数 1,611文字

「もしもし、俺。今大丈夫か?」
 できるだけ普通に気軽に。大河はそう自分に言い聞かせ、足元に注意を払いながら電話越しに風子へ尋ねた。
「うん、平気」
 風子らしくない、元気のない殊勝な声だ。
「お前、今どこ?」
「港。向島の。夏期講習終わってからご飯食べて、ちょっと買い物してきたから」
 ヒナキが気分転換にと誘ったのだろう。
「じゃあさ、こっちに着いたら待ってて。今、俺たちも外にいるから」
「え? でも……」
「いいから待ってて、動くなよ、いいな」
「ちょ……っ」
 言うだけ言って、大河は通話を切った。あまり長話をすると足を滑らせる。
「あいつら、まだ外にいるのか?」
「みたい。買い物行ってたって。まだ向こうの港にいる」
「そうか」
 携帯を尻ポケットに押し込み、岩から岩へ飛び移る大河を見て、省吾は足元に目を落とした。
「あのさ、昨日話しそびれたことがあるんだけど」
「うん?」
 あぶね、と言ってバランスを取り、大河は省吾を横目で見やる。長い足で軽々と岩を飛び越える省吾に少しだけむっとして、後を追う。
「洞窟で二人して寝たことあるって話し、しただろ」
「うん」
 直後に宗史が倒れ、中途半端になっていた話題だ。
「あの時さ、実は、誰かに起こされたんだ」
「――は?」
 想像だにしなかった続きに、大河は岩をまたいだ格好で止まって顔を上げた。一歩先を行った省吾が、足を止めて振り向く。
「いや、有り得なくない?」
「そう思うよな。俺も、ずっと気のせいだと思ってた」
 怪訝な顔で指摘した大河に苦笑し、省吾は遠くへ視線を投げた。大河が隣に並ぶ。
「声を聞いた時、なんか聞き覚えがあるなって思ったんだ。友達とかクラスの誰かかなって。だから気にしなかったんだけど、お前が洞窟の話しをした時に、思い出した」
 省吾がこちらに顔を向けた。
「柴の声に、似てるんだ」
 懐かしさもあったのだろうが、省吾は当時の記憶をもっとはっきり思い出すためにここへ来たのかもしれない。
 そんなまさかという思いと、少しの期待が同時に湧き上がる。今度は大河が後ろを振り向いた。もう、洞窟も宗史たちの姿も見えない。省吾に向き直り、いやでも、と口の中で呟く。
「確かに、御魂塚も洞窟もうちの山だけど……」
「俺もそう思った。塚から洞窟まで、物理的に声が届くわけないんだよ。ましてや柴は封印されてたわけだし。現実的に考えると有り得ない。でも、ほんとによく似てるんだ。起きろ、潮が満ちる、起きろって、何度も」
 二人は顔を見合わせ、同時にゆっくりと後ろを振り向いた。
 省吾がこんな嘘を言うはずがない。だとしたら声が聞こえたのは本当で、しかもそれが柴だったとしたら、結界内で波の音を聞き、大河たちの声、あるいは気配を感じ取っていたことになる。結界は、音を完全に遮断しない。それは事実だが、御魂塚から洞窟まで、どう考えても物理的に音が届くわけがない。
 他に可能性があるとしたら、牙。あとは――そう、真言を伝えてきたあの声。真言の声は確認のしようがないけれど、省吾は牙と一度会っている。もし牙だとしたら、もっと早く思い出しているはずだ。それに、省吾が柴の声に似ている、と言うのだ。それなら――。
「そうかも」
 遠くへ視線を投げたまま、大河は呟いた。
「きっとそうだよ。柴が、助けてくれたんだ」
 否定しようと思えばいくらでもできる。でも、物理的とか現実的とか、そんな理屈はいらない。信じる理由は、十分だ。
 確信に満ちた顔で笑うと、省吾はそうだなと表情を緩め、もう一度後ろへ視線を投げた。その眼差しがやけに優しげで、大河は相好を崩す。
 存在を知るずっと前に、助けられていたなんて。
「行くか。風子とヒナが待ってる」
「うん」
 二人は前を向き、ゆっくりと漁港へ向かう。
「ていうか、柴は覚えてないのかな? 聞いてみる?」
「うーん……いや、いい。覚えておらん、とか言われたら自信なくす」
 柴の声と口調を真似た省吾に、大河は笑い声を響かせた。
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