第19話

文字数 958文字

      *・・・*・・・*

 高校は県内屈指の進学校。東京の大学へ進み、卒業後に京都へ戻ってきた。
 希望していた就職先はなかなか募集がかからず、とりあえず別の企業に就職して辛抱強く待った。二年後、やっと募集がかかり、迷うことなく応募した。だが、結果は不合格。
 高校や大学の友人は、全員名立たる企業に勤め、自ら起業し、成功を収めている優秀な奴らばかり。美人な嫁と可愛い子供、裕福で幸せな家庭も築いている。
 自分もそんな人生を歩むのだと、信じて疑わなかった。勉強も運動も、同級生と比べて一つ抜きんでていることは自覚していた。周囲からの期待と羨望。自分は優秀な人間なのだと、俗に言う勝ち組なのだと、そう思っていた。
 それを、あいつが狂わせた。
 薄暗い部屋の中、デスクチェアに腰を下ろしていた男は、着信を知らせた携帯を覗き込んだ。舌打ちが一つ響く。
「行かねぇっつってんだろ。しつけぇな」
 届いたメッセージに向かって吐き捨てる。しかし返信の文面は正反対のものだ。
 学会で発表する論文が間に合いそうにないんだよ。俺も久々にお前らに会いたいわ。忙しくて飲みにも行ってねぇしさぁ。マジで死にそう。でもチャンスだから。ほんと悪いな。
 最後にガッツポーズをした猿のスタンプを付けると、男はぎりっと歯ぎしりをした。携帯を振り上げて、机に投げつける。キーボードにぶつかって、モニターの下へと滑り込んだ。
「クソが……っ」
 会えるわけがない。会えば同情される、蔑まれる、見下される。同じ場所にいた奴らからの、憐みの言葉や視線。想像しただけで、はらわたが煮えくりかえる。
「クソ、クソ……っ」
 男は悪態をつき、片目を覆う前髪を鷲掴みにした。
 ――こうなったのは、全部あいつのせい。
「許さねぇからな」
 低く呟いて顔を上げた。視線の先、デスク前の壁には、おびただしい数のメモに囲まれた一枚の写真が貼り付けられている。
 男は写真を鋭く睨みながらペン立てからハサミを抜くと、ゆらりと立ち上がった。息を詰め、強く握り、大きく振りかぶって、力いっぱい写真に突き立てる。ドンッ、と響いた鈍い音が、空気を震わせた。
「絶対に、殺してやる」
 殺してやる、殺してやる、とまるでうわごとのような男の独り言と、写真にハサミを突き立てる鈍い音は、しばらくやむことがなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み