第4話

文字数 2,125文字

 大河たちからすればもう慣れたものだが、怪我の軽重はあるものの全員もれなく埃っぽい。唯一鈴が増しなくらいだ。このままでは家に上がれないので、風呂が沸くまで縁側で待機することにした。
 玄関から見て、家の左側は倉庫や道場と駐車スペースになっている。そして右側は、塀に沿って回り込めば影正と祖母の部屋の縁側があり、裏口を挟んで風呂の焚き口がある。
 家に着いた時にはすでに煙突から白い煙がゆらゆらと立ち上っており、焚き口の方から「すごいなぁ、助かるよー」と影唯の楽しそうな声が聞こえた。よほどよく燃えるのだろう。気にならないわけではないが、焚き口の方は少々通路が狭く、薪も積んであるため通りづらい。
「熱湯風呂にならなきゃいいけど……」
 道場の方から庭へ回り込みながら、大河はぼそりと懸念を口にした。
 縁側から漏れる部屋の明かりで見えたのは、庭の地面に残る、人が踏み荒らした足跡。植わった木々や植木鉢は無事だ。戦いの痕跡に、思わず眉根が寄る。
 寮の縁側は広縁だが、刀倉家は濡縁。窓を境にして内にあるか外にあるかの違いだ。客間まで設えられた縁側の窓はぴったりと閉められ、鍵もかけられていた。エアコンの室外機が、低い音を立てて羽を回している。
 煙の匂いが漂う中、はーやれやれといった雰囲気で皆が腰を下ろす。宗史は端っこで柱に体を預け、隣に晴、志季、大河、帯から刀を抜いた柴、紫苑の順で、鈴は治癒をするため立ったままだ。
 大河は縁側に膝をつき、ぷるぷると震える腕を持ち上げて窓を叩いた。
「母さん、戻ったよー」
 声をかけてから前を向き、腰を下ろす。はいはーい、と元気な声が返ってきた。この夫婦の元気の源は一体どこにあるのだろう。
 さっそく晴が携帯を取り出し、
「とりあえず報告だな。どうする? メッセージでいいか?」
「いいんじゃないか。俺たちもまだ詳細を聞いてないからな」
「了解」
 鈴がまずは大河の治癒に取りかかった。触手に切られた傷からだ。
「よく耐えたな。痛むぞ」
「うん。戦ってる間は平気だったんだけど」
 もう、ほんのりとした温もりには騙されない。大河はぎゅっと目をつぶり、歯を食いしばった。徐々に傷みが増したと思ったら、くっと苦悶の声が漏れるほどの痛みに変わる。ぱんぱんと自分の膝を叩いて痛みに耐える大河に、宗史たちからは笑い声が上がり、柴と紫苑からは不憫そうな眼差しが向けられた。笑い事じゃない。
 縁側の窓が開き、冷えた空気と一緒にグラスを乗せたお盆を持った雪子が出てきた。
「あら、手当て中? ありがとね、鈴ちゃん」
「なんてことはない」
 言うことはそれだけか。息子が痛みに悶絶しているというのに。麦茶の入ったグラスに群がる宗史たちが憎い。
「皆、雑炊作ってるんだけど、食べるかしら?」
「お、いいな。食う」
 いの一番に答えた志季が、そうだと一人ごちて袂に手を突っ込んだ。
「俺も」
「俺もいただきます」
「では、私たちも」
「私もいただこう」
 晴、宗史、柴、鈴と続き、大河は無言でぶんぶんと首を縦に振る。志季が携帯を雪子に差し出した。
「これ、返しとくな。結構暴れたから、壊れてねぇといいんだけど」
「ああ、いいわよ別に。最近充電のもちが悪くて、買い替え時かしらって言ってたから。じゃあ、もう少し待ってね」
 笑顔で携帯をエプロンのポケットに突っ込んで、雪子は忙しそうに台所へ戻った。志季がくくっと喉を鳴らして笑う。
「あれだよな。大河の母ちゃんって寛容っつーか、大らかだよな」
「肝も据わっているぞ。省吾と風子を助けに入ったのは、雪子が先だ」
 触手に切られた傷の治癒が終わり、鈴が細かい傷の手当てに移る。ほっとしたのも束の間、えっ、と大河たちが一斉に目を丸くした。
「それ、ほんと?」
「ああ。私も影唯も止めたのだがな、聞かなかった。だが、危険と知りながら、自分の子ではない子らも守ろうとした。それは影唯も同じだ。丹精込めて作物を育て、分け隔てなく子を慈しむ。良い両親だな」
 二人は結界で守られていたはずだ。おそらく、悪鬼や弥生たちによって破られ、ちょうどそこに省吾と風子が来てしまったのだろう。そんな状況だったのなら仕方がないとは思うし、風子のことをとやかく言えないではないかとも思う。しかし、親を褒められて嬉しくないわけがない。大河は照れ臭そうにへらっと笑った。
「だからこそ、精霊たちにも好かれるのだろう」
「あ、それだよ。あれだけの精霊がよく手ぇ貸したよな」
 志季が怪訝そうに言った。あの火の玉はやはり精霊なのか。
「どういう意味?」
「えーとな。本来、精霊ってのはこういう諍いごとに干渉しねぇんだよ。あいつらの役目は、神の代わりにその土地や人間を見守って報告することだから。全滅したらできなくなるだろ」
「使いとは違うの?」
「いや、同じだ。俺らが呼べば使いとして宿るし、火の精霊だと火ぃ吹いたりもできるけど、多くても二、三体ってとこだ。一体一体の力は、そんなに強くねぇからな。薪を燃やすことくらいはできるけど」
「へぇ……、えっ、火が吹けるの?」
「使いとして宿った時だけな。俺らの力が上乗せされるから」
「は――、すごいね」
 知らないことがまだまだたくさんある。大河は長い感心の声を漏らした。
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