第7話

文字数 2,623文字

 たくさんの疑問が頭の中をぐるぐると回って、パンクしそうだ。
 京都に来てから一週間ほど経つが、土地勘など皆無だ。今どこを走っているのかさえ分からない。先行する樹と怜司が乗った車を後部座席から見つめ、大河は遠慮気味に口を開いた。
「ねぇ、いいかな?」
 こんな時にと思われるかもしれないが、張り詰めた空気の中、黙っていると落ち着かない。
「いいぞ」
 落ち着いた声色で宗史から了承が出て、大河は一つ一つ質問をする。
「言われて気付いたんだけど、俺たちのGPSに陽くんの無いよね。何で?」
「俺たちのは、主に学生組のフォローと仕事用だ。陽はまだ仕事を受けていないからな。今も式神が必ずついてるし、念のために明さんはGPSを設定してる。ただ」
 宗史は不意に言葉を切り、神妙な表情を浮かべた。
「今回のパターンは予想しなかった」
 だな、と晴が静かな声で同意する。
「まさか、鈴がやられるとはな……」
「ああ。それに、結局GPSは電源を切られると使えない」
「電子機器の弱点だよな」
「てことは、犯人は陽くんがGPS設定してるって知ってたってこと?」
「そこは言い切れない。鬼代事件と繋がっているのなら、この状況ならもしかしてと考えてもおかしくない。ただ用心深い人物ではある」
 設定しているかどうか分からないけれど、念のために切った、ということか。
「陽くん、霊符持ってるよね」
「口を塞がれてたら、使えねぇな」
独鈷杵(どっこしょ)は?」
「まだ訓練中だ」
「……そうなんだ……」
 スタンガンで力が入らない状態で拘束されたとしたら、逃げる術がないのか。いくら体術を会得しているといっても、男三人、運転手を除けば二人、狭い車の中で通用するとは思えない。
「あのさ、晴さん」
「うん?」
「陽くんって、今日友達と図書館に行ってたんだよね」
「ああ。攫われたのはその帰りだろうな」
「大河、何で知ってるんだ」
 宗史に強い口調で問われ、大河は一瞬口ごもった。けれどここで隠すわけにはいかない。陽の命と鬼代事件に関わることだ。
「昨日、皆で庭の穴埋めてた時に、陽くんから聞いた」
 あの時側にいたのは、茂を除いた男性陣全員。聞こえていてもおかしくない距離だった。
 外出を控えている陽がいつ外出するか、毎日見張っていたわけではないだろう。その証拠に、コンビニやスーパーには行っていたのに襲われていない。何より毎日、かつ一日中停まっている車やうろつく人は確実に怪しまれるし、哨戒している式神が気付く。ならば、今日出掛けると情報を得て帰り道で待ち伏せしていたと考える方が、よほど無理がない。
 宗史も同じ考えに至ったのだろう、そうか、と小さく返ってきた。
 ただ個人的な見解が許されるのならば、弘貴と春平は除外だ。残るのは、樹、怜司、昴の三人。他に陽の情報が事前に漏れる経路として考えられるのは友人、くらいしか思い付かない。しかしそうなると、どうやって陽の友人を探り当てたのか、友人にどう言って情報を引き出したのかという疑問が浮上する。さすがに寮の皆もそこまでは知らないだろう。
「色々分かんないこと多いけど、一番分かんないのは樹さんなんだけど。あれ、どういう意味?」
「分からない」
 即答だ。
「樹の知り合いってことだけは確かだな」
「……だよね」
 まったく手掛かりがない中、心当たりがあると言ったのだ。しかも、タイミングがいい、と。つまり「こんなことをしそうな人物」が「このタイミング」で何かするかもしれない、という情報を得ていた、ということになる。いつその情報を得たのか、そして何故、報告されていないのか。
「それにしても、関係性が分かんねぇって、矛盾してんな」
「ああ、確実に関係していると考えた方が自然だ。他に何か隠している」
 それは、樹が内通者だということだろうか。これは何かの罠なのだろうか。
「大河、一つ聞いていいか」
「うん?」
「お前、樹さんが式神を変化させて来ればいいって言った時、じっと見てただろう。何か気付いたのか」
「ああ、あれ。気付いたっていうか、まただなって思っただけ」
「また?」
「ほら、前に樹さん様子がおかしかったじゃん。あの時と同じ感じがしたから。イラついてるっていうか。でも、陽くんのこと心配してるのなら当たり前だなって」
「そういや、あいつがおかしかったのって、哨戒の時に遭遇した件の後だけだよな」
 晴が口を開いた。
「あの件と関係があるってことか?」
「さすがに断定はできねぇけど、タイミングは合うぜ。警察に調書の確認に行った後もそうだったろ。あれからは落ち着いてるし」
 ああ、と大河はあの時の樹の無謀すぎる訓練を思い出して顔を引き攣らせた。確かに、樹の様子がおかしかったのは、あの事件の後だけだ。
 ふむ、と唸って長考に入った宗史の邪魔をしないようにと、大河と晴は口をつぐんだ。
 大河は車窓に顔を向けた。ちょうど帰宅時間。対向車線には、計ったように等間隔で車間距離を開けて流れる車の波。歩道には、自転車の籠いっぱいに荷物を積んだ主婦、ジャージ姿の学生の集団、観光客らしき家族やカップルが携帯や旅行雑誌片手に行き来している。
 彼らは、陽が誘拐されたことを知らない。鬼が復活し、この世を混沌に陥れようとしている人間がいることも。
 確かに今ここにいるのに、同じ時間が流れているのに、まるで自分たちだけ別世界にいるような感覚。
 大河は小さく頭を振った。今はそんなことを考えている時ではない。正直言って考えたくないが、今一番怪しいのは、樹だ。
 あの時、樹は誰かと連絡を取っていたのだろうか。単に何か調べていたのなら、その場で言えばいい。あとから説明しなければならないほど込み入った話とは、何なのだろう。もし樹が内通者だとして、この事件を仕組んだのだとしたら、何が目的なのだろう。内通者ではないとしたら、あの発言と行動には何が隠されているのだろう。もしかして、過去に関係しているのか。
 もう訳が分からない。樹が何を隠しているのか、何故報告しなかったのか。樹ならあの時、簡単に説明くらいできたはずだ。それをわざわざ焦らすような真似をして、そのくせ宗一郎の質問には即答で言い切るし、矛盾するような発言をして皆を混乱に陥れるし、怪しげな行動をするし――。
 何だか、考えれば考えるほどムカついてきた。
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