第4話

文字数 3,840文字

「では続きを」
 はい、と明は浮かべた笑みを収めた。
「実は、寮の皆以外に、一人疑わしい人物がいる」
「誰ですかっ?」
 大河は前のめりに食いついた。
「紺野さんと北原さんは、少女誘拐殺人事件の担当ではなかったそうだ。それなのに何故被害者宅を訪ねたのか不思議に思って尋ねた。そうしたら、科捜研の近藤千早(こんどうちはや)という所員から、現場の状況が鬼代事件と似ていると極秘に報告を受けたそうだ。科捜研が現場に臨場することはほぼないらしい。だが彼、近藤千早は鬼代神社の現場に臨場し、さらに少女誘拐殺人事件の情報を流した。それによって紺野さんたちは犬神を目撃し、我々を信じるに至った」
「……誘導されている、感じですね」
 訝しげな顔で言った陽に、明が頷いた。
「事件当初から陰陽師が関わっていると推理はしていたが、紺野さんたちからの情報がなければ断定はできなかっただろうし、ここまでの結論に至るまでもっと時間がかかっただろう。紺野さんたちを誘導し、我々に情報を流して真相に近付ける。それが目的ならば大成功だ。ただ、本当に近藤千早が関わっているのなら、あまりにも無防備、稚拙すぎるようにも思える」
 ああ、と大河が呟いた。
「確かにそうかも。紺野さんたちを誘導して俺たちに近付かせれば、自分の存在も知れる可能性が高いですもんね」
「その通り。だがもう一つ、彼を疑う理由がある。この流れをよく見てくれ」
 明は紙を指差した。
「少女誘拐殺人事件の四人目の被害者が発見されたのは、7月18日。翌日19日深夜、被害者の母親が出掛けるところを目撃されている。身元が公表されたのはさらに翌日の20日。そして、逮捕されるはずだった当日の22日に犯人が犬神によって殺害された。何か気付くことは?」
 試すように問われ、皆一様に紙を凝視する。いち早く気付いたのは、やはり宗史だった。口元に手を添え、独り言のように呟く。
「情報が漏れてる……?」
「さすがだ」
 それだけでは分からない。大河は急かすような視線を明に投げた。
「母親に接触した陰陽師は、どうやって犯人と被害者遺族を特定したと思う?」
 しばらくして、あっ、と大河、晴、陽が声もなく察した様子を確認し、明は満足気に微笑んだ。
「そう。被害者が発見された後、身元確認で必ず時間が必要になる。被害者が少女であることや遺体の損傷具合から事件の被害者だと推測できるだろう。血液型や服装、身体的特徴を行方不明者リストで照合し届けが出されていれば、その日のうちに身元が判明する。その後、ご家族の確認や遺体検分などを経てマスコミに公表される。もし特定するならその後だ。だが例の陰陽師は、身元が公表される前に母親と接触している。さらに、被疑者の情報は、逮捕前には外部はもちろん、決して被害者遺族に伝えられることはない。だが、犯人は逮捕される前に殺害されている。つまり、警察関係者から情報が漏れている――以上が彼を疑うもう一つの理由だ。もちろんそれが近藤千早なのか、それとも警察内部に他に協力者がいるのかまでは不明だが、彼が怪しいことに変わりはない。紺野さんたちには、他言無用と念を押した上で全てを伝えてある。ただし、近藤千早の件は伝えていない。また動きがあるかもしれないから、それまで泳がせて様子を見る」
「え、何で紺野さんたちに言わないんですか?」
「紺野さんは直情型のようだからね。もし疑わしいと分かれば本人に直接問い質すかもしれない。そうなれば、警戒して近藤千早の動きが止まってしまう可能性がある。本当は身元を洗いざらい知りたいところだが、今は仕方がない」
「あー、あの人、気が短そうだったもんなぁ」
 会合での紺野を思い出して頷く大河に、お前が言うか? と言いたげに宗史と晴がこっそり苦笑いを浮かべた。
「あの……」
 陽が遠慮がちに手を小さく上げた。
「例の陰陽師は、どうして最後の被害者遺族を選んだんでしょう? 事件の被害者遺族は他にもいるのに……」
 陽の疑問はもっともだ。この事件の被害者は四人。うち三人は、四人目が発見される前にすでに身元が割れていた。もし警察内部に協力者がいるのなら、三人のうちの誰かでもよかったはずだ。それなのにわざわざ四人目の被害者遺族を選んでいる。
「そこまではさすがに分かりかねるが、何か理由があるとすれば、おそらく犬神かもしれない」
「まさか、犬神を行使することが目的だったということですか?」
 宗史が眉をひそめた。
「もしくは両方」
「両方? って?」
 大河が首を傾げた。
「犬神を行使することだけが目的なら、何も事件の被害者遺族でなくてもいいだろう? となると、被害者遺族の復讐に手を貸すためと、犬神を行使するため。両方が目的だった。そして二つの条件を満たすのが四人目の被害者宅だった」
「復讐に手を貸すのは、まあ、個人的には別に否定しねぇけど。でも、何でわざわざ犬神だったんだ?」
「それはさすがに分からないな」
「だよな……」
 即答され、晴は頭を捻った。確かに、呪術を得意とする陰陽師ならば、他にやりようがあっただろう。犬神を行使するにはリスクが多すぎる気もするが、何かしらのメリットがあったからこそ犬神を使ったとも考えられる。ではそのメリットとは、一体何なのか。
 それでも多すぎるリスクを冒してまで犯人を憎む者が、もしかしたら寮の中に――途中まで考えて、大河は小さく頭を振った。
「あの、寮の皆にはどこまで……」
「一切知らせていない」
「え……皆、知らないんですか?」
「ああ。陰陽師が関わっていることは決定事項だが、人数を把握し切れていない以上、現状でこちらの手の内を晒すわけにはいかない。逃亡でもされたら敵わないからね」
「……そう、ですか……」
 寮の皆は、情報も疑われていることも知らない。今一番怪しいのは近藤千早という人物だが、明の言う通り敵側は一人ではないだろうし、寮の皆が疑われていることに変わりはない。
 大河は深く溜め息をついた。
「それで? 宗史。私への疑いは晴れたか?」
 宗一郎がおもむろに問うた質問に、ぎくりと宗史が顔をこわばらせた。とたん、明が小さく噴き出し、大河と晴と陽は目をしばたいた。
「き、気付いていらしたんですか……?」
「もちろん。父を見くびらないで欲しいな」
 にっこりと満面の笑みを浮かべる宗一郎を見て、宗史は頬を引き攣らせた。
「疑いって……もしかして宗一郎さんを首謀者だと思ってたのか!?」
「そんなわけないだろう」
 食い気味に否定し、宗史が観念したように溜め息をついた。
「蘇生術がないことは、陰陽師として常識だ。だが公園で存在するはずがない鬼が現れて、それは真実なのかと疑っただけだ」
「要するに、宗一郎さんが嘘を教えてるんじゃないかって?」
 ぐ、と宗史が喉を詰まらせた。
「ひっでぇ……」
 大河がしみじみもらすと宗一郎が深く頷いた。
「そうだろう? どう思う、大河。実の父を疑っていた愚息のことを」
「有り得ないっす」
「宗史くん、駄目だよ。お父さんを疑っちゃあ」
「宗、お前さすがにそれはねぇわ」
「宗史さん、酷い……」
 陽にまで軽蔑の眼差しを向けられ、宗史はますます縮こまった。だが。
「大河」
 唐突に宗史が大河に恨みがましい視線を投げた。
「存在しない鬼の話しからこの件に陰陽師が関わっていること、内通者が寮の中にいるかもしれない可能性、その他諸々の疑問やなんかに省吾(しょうご)くんは気付いていたが、どうして当事者のお前は気付かない?」
「は!?」
 思いがけず向けられた矛先と飛び出した名前に驚く大河とは裏腹に、明と宗一郎からは「ほお」と感心した息が漏れた。
「省吾くんは、確か悪鬼に襲われた大河の幼馴染みだったな」
「ええ。とても冷静で聡い男ですよ。大河からの情報で色々と彼なりに推理したようです。ちなみに、冷静に考えれば分かる、と言っていました」
「ついでになかなかのイケメンだな」
「へぇ、それはまた。事件に直接関わっていないのにそこまで推理できるなんて。一度会ってぜひ意見を聞いてみたいな」
「同感だ。彼の連絡先は?」
「だ―――――っ! ちょっと待った!」
 大河は堪らず両手を突き出してストップの体勢を取った。しんと静まる。
「ちょ、色々、あれやこれや聞きたいことが……」
「何だ」
 形勢逆転でドヤ顔を浮かべる宗史が憎たらしい。ついさっきまでの所在なさげな態度はどこへやった。完全な八つ当たりだ大人気ない。大河はくっと憎しみを堪えて手を膝に下ろし、俯いたまま宗史に尋ねた。
「省吾と、話したの?」
「ああ、葬儀の前に」
「ふ、(ふう)とヒナは?」
「まあ、色々と」
「……な、何か言ってた?」
「いいや、特に」
 絶対嘘だ。風子(ふうこ)の性格上何も言わないなんてこと有り得ない。どう考えても責めまくったに違いない。でも――それを言わないのは宗史らしいし、否定しないのも晴らしい。
「ああでも、一つだけ」
「何っ?」
 勢いよく顔を上げた大河を、宗史が柔らかい笑みで見ていた。
「あいつを頼みます。そう言われた」
「……」
 大河は一瞬目を見開いた後、視線を泳がせ、堪らずテーブルに突っ伏した。
「俺の保護者か、あいつは……」
 ぼそりと悪態をつくが、嬉しさが体から滲み出ている気がして照れ臭い。
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