第11話

文字数 2,027文字

 地天で行動範囲を制限し、火天で一気に仕留めるつもりなのだと思った。だが、あの状況なら地天だけで十分だったはず。にもかかわらず無事だったのは、殺さないようにあえてそうしたのだ。尖鋭の術は、一本一本の間にどうしても隙間ができる。火天の針は、その隙間を埋めるように配置されていた。つまり、こちらがどう動くかも、全て予測済みだったわけだ。
 もうもうと上がる砂埃の中。健人は片膝をついた体勢で、腕で口と鼻を塞いで何度も咳き込む。
 今いるのは、一本の土の針がそびえていた場所だ。降り注いだ火天の針に貫かれ、切り倒した土の針は瓦解していく。足元には切り株が残り、周囲は真っ赤だ。火天の針に閉じ込められた。
 だが、ここで終わりではないはずだ。火天と水天の尖鋭の術は、地天と違って役目を終えれば形を失ってゆく。まさに今、火天の針が次第に空気に溶けている。これでは完全に閉じ込めたことにならない。それでもわざわざこの状況に追い込んだのは――。
「健人さん、結界ッ!」
 不意に、弥生の切羽詰まった忠告が耳に飛び込んできたのと、健人が霊刀を消したのが同時だった。独鈷杵をポケットに押し込み、印を結ぶ。
青龍(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)勾陳(こうちん)帝台(てんたい)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)……っ」
 砂埃を吸い込んだせいで喉が痛み、掠れた声を絞り出す。
 キンッ、と硬質な音を響かせて五芒星を描いた結界が形成された。否や、目の前にそびえる土の針と、消えかけの火天の針もろとも貫いた一発の炎の塊が、ドンッ! と結界に激突した。
 鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音が空気を震わせ、結界から全身へ痺れるような衝撃が伝わった。派手に散った火花が、破裂した炎の塊と混じって真っ赤に染まる。全身に力を込め、しかし必死に踏ん張る足は容易に滑った。
 耐えたのは、ほんの一瞬だった。結界に小さなひびが入り、修復する間もなく、強烈な衝撃を受け止めきれずに後方へ吹っ飛ばされる。間髪置かずに、結界が粉々に砕け散った。
 ほぼ消えかけていた火天の針を素通りし、背後にそびえる土の針に激突した。
「ぐ……っ」
 勢いのまま背中を強打して一瞬息がつまり、背中に激痛が走る。健人は痛みに顔を歪め、ずるずると土の針の表面を滑って地面に尻をついた。とたん、激しく咳き込む。
 喉の違和感と術の衝撃、背中の痛み。それでなくても剣戟で体力を消耗していたのに。力が入らない。
 術は、集中力や霊力もそうだが、イメージも重要になってくる。とはいえ、瞬時に土の針を避けた火天の針の位置づけをするなんて。
 樹が寮に入ったのは三年前。仕事も学校もない、訓練漬けの日々。それでも一から陰陽術を学んだ者が、たった三年でここまで感覚を養い実力を積むことができるものなのだろうか。幼い頃から陰陽師として育てられた宗史と肩を並べられるものなのだろうか。これはもう、天賦の才なのではないか。
塊態(こんたい)の術なんて久しぶりに行使したけど、できるもんだね。これで追尾機能があればなお良しなんだけど」
 飄々としたもの言いをしながら、樹が土の針の影から姿を現した。
 塊態の術は、水や炎、あるいは土を一つの大きな塊として形成し、攻撃する術だ。しかし、標的を追尾することはできず、避けられるとそこで終わり。目的にもよるが、確実にダメージを与えるなら標的の動きを止める必要がある。尖鋭の術を行使し健人を閉じ込めたのはそのためだ。
 また、略式ならより広範囲、かつ短い真言で行使できるため、霊刀を扱えるようになるとあまり使わなくなる。ただし、一つの塊に威力が集中しているので、破壊力は塊態の術の方が上だ。樹はその威力が強い方を、あえて行使した。
 切り株の横を通り過ぎたところで足を止めた樹を、健人は咳き込みながら上目づかいで見上げる。
 樹でさえこの強さなら、満流たちの本当の実力は、どれほどのものなのだろう。これまで自分たちは、どれだけ手加減されてきたのだろう。
「やっぱり、鈴の見込み違いだったのかな。この程度で僕たちと渡り合えると思った? ずいぶんと見くびられたものだね」
 降ってくる冷ややかな眼差しに映るのは、純粋な侮蔑と敵意。これまでの彼の言動や、桐生冬馬たちとの関係を知っていれば分かる。仲間意識が強い分、敵や裏切りに厳しいタイプだ。
 健人は最後に一つ軽く咳き込んで、長く息を吐き出した。悔しいと思わないわけじゃない。けれど、まともにやり合ってはこちらが先に駄目になる。
 健人はぐっと歯を噛み締め、膝を立てた。
「あれ。まだ続けるの?」
 不遜な質問に、健人は息を吐き出すように笑う。
「当たり前だ」
 膝を支えにし、ゆっくり腰を上げる健人に、呆れ気味の溜め息が降った。初めから勝てないことは承知の上だ。勝てるイメージがこれっぽっちも浮かばない。だが霊力は十分残っている。まだ戦える。ならば、少しでも樹の力を削いでおかなければ。
 立ち上がり、改めて霊刀を具現化したその時。犬神の遠吠えが一帯に響き渡った。
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