第8話

文字数 2,210文字

 紺野たちは、懐中電灯に照らされて横たわる白骨を囲むように佇み、一様に怪訝な顔で見下ろした。
「これ、おかしくないか……?」
 発掘の途中で誰もが思っただろうことを、熊田が口にした。
「おかしいね」
 平然と肯定したのは、携帯の中の近藤だ。
「いくら土の中っつっても、こんなふうにはならないよな?」
「ならないね」
 念を押すように確認した下平に、またしても近藤が冷静に肯定した。穴の上から様子を窺っている佐々木と栄明を含め、全員から困惑した声が漏れる。ちなみに、諭吉はいかにも興味がなさそうに後ろ足で耳を掻いており、水龍と朱雀は、覗き込んではいるが表情が変わらないのでどう思っているのか分からない。
 人間は「立体構造」だ。骨組みがあり、中に臓器が詰まり、隙間や外側を肉が覆っている。死後、その臓器や肉が分解・腐敗し、土と混じって白骨化する。その際、雨水を吸った土の重みや地震、成長する木の根などで多少崩れたり位置がずれたりもするだろう。だがこれは、そんなレベルではない。骨格標本をばらばらにして正確に地面に並べたような、「平面」なのだ。
 不可解そうに眉を寄せた下平が悩ましい声で言った。
「別の場所に埋められて白骨化したものをここに埋め直した。としか思えねぇな」
「はい。しかし、何故そんなことをする必要があったのでしょう」
 郡司が小首を傾げる。
「単純に考えれば、埋めていた場所が見つかりそうになった。あるいは不安になったとかですかね。ただ、完全に白骨化するほど時間が経ってから不安になるというのも不自然な気がするので、前者かと」
「なるほど」
 佐々木が口を挟んだ。
「そうなると、殺害した犯人と埋め直した人物は別、という可能性もありますよね」
 ああ、と刑事組と近藤から納得の声が漏れ、栄明と郡司は目を丸くした。栄明が問う。
「どういうことですか?」
「例えば、犯人が子で、埋め直した人物が親とか」
「子供を庇うために、親が遺体をより見つかりにくい場所に移したということですか」
「例えばですけどね。ただ」
 佐々木が視線を白骨へ戻す。
「ここに埋めた人物が、被害者を恨んでいたとは思えないんですよ……」
 佐々木の切なげな声に、沈黙が落ちた。
 もし恨みや憎しみの果てに被害者を殺害、遺棄したのだとしたら、こんなふうに丁寧に並べたりはしないだろう。ましてや白骨化していたものを回収したのなら、袋などに入れて移動させたはずだ。ならば袋ごと埋める方がよほど労力は小さくて済む。それをわざわざ大きな穴を掘り、丁寧に並べて埋め直すなんて。
 楠井満流が訪れていた心霊スポット。そこに現れた、顔の見えない男。完全に放置され、しかし人の手が入った形跡のある広場。五年以上前に埋められたと見られる、二十代から三十代前半の女性の白骨遺体。外傷はなし。白骨化後、埋め直されたと思われる不自然な並び。これらに、佐々木の見解と草薙龍之介の証言を加えると。
 紺野が言った。
「あの男が犯人、あるいは、楠井満流が埋め直した可能性がありますね」
「あの男?」
 そうかといった顔をした下平たちとは逆に、問い返したのは近藤だ。
「実は、ここへは顔の見えない男の幽霊に誘導されたんだ」
「顔が見えない男?」
「ここを掘ってくれと頼まれた」
「そしたら、白骨遺体があった?」
「そうだ」
「なるほどねぇ……」
 溜め息交じりだが、疑った様子はない。これまでの経験もあって、その上ここは心霊スポットだ。さらに紺野や栄明もいる。疑う余地はないと考えたのだろう。
「それで?」
 とりあえずといった感じで促され、紺野は改めて口を開いた。
「あの男が犯人だった場合、故意か過失かは分かりませんが、何らかの理由で殺害に至り、罪悪感に苛まれながらも犯行が露呈することを恐れ、埋め直した。そのうち男自身も亡くなり、罪悪感から未練が残り、ずっと彷徨っていた。親しい人物であれ他人であれ、人を殺したことに罪悪感を覚えるのは、人として正常な感情です。雑に扱えなかったんだと思います」
 そう考えると、男がわざわざ紺野たちに知らせた理由も、埋められた場所を知っていたことも、不自然な埋め方にも説明がつく。
「ただ、分からないことが一点。大滝が言っていた、顔なし幽霊の噂を覚えていますか」
 あ、と刑事組が思い出したように声を漏らした。
「噂の原因があの男だとしたら、満流も会っているはずなんです」
 そう言われれば、確かに、と各々口にする。
「ここは、人が入りにくいにも関わらず、明らかに人の手が入った形跡がある。何らかの目的で訪れた際に、俺たちと同じようにここへ来たのだとしたら、男が俺たちを案内する理由が分からないんです。もっとたくさんの人に知らせたかったとか、満流は今来ていないでしょうから、新たにと思ったのかもしれませんが」
 なるほど、と熊田が思案顔で言った。
「そればっかりは男に聞くしかねぇけど、本当の目的が別にあったとしても、満流が男と会っていた可能性は高いな。あんなところに道があるなんて思わねぇし、噂が出回ってるってことは見える奴がいたんだろうが……逃げるよな、普通」
 無言で深く頷いたのは、苦笑した栄明を除いた全員だ。普通の感覚の人間なら、のこのこ幽霊に付いて行こうなんて思わない。陰陽師である満流だからこそ、この場所に辿り着いたのだ。
 てことは、俺はもう普通じゃねぇのか。紺野は頭の片隅でそんなことを考えて、こっそり遠い目をした。
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