溺死入門

エピソード文字数 413文字

 溺れ死ぬなんて初めてのことだ
 緊張するな
 でもこれはいい緊張だ
 緊張しているに越したことはない
 その方が溺れやすい
 身体は固く
 思うように動かない
 上手い具合に沈んでいく
 眼も鼻も口も
 地上で酷使していた器官はあっという間に役立たず
 亡き者にしようと水が押し寄せる
 すべてが敵になるこの被害感
 社会よりは陰湿ではない
 とても冷たくはあるが
 狂って溺れ死んだオフェリヤは
 最後に歌を歌っていたっけ
 歌か
 悪くないな
 気泡のように口ずさもう
 手につかむものはなにもない
 もがいてる自分が遠くの夢のよう
 人魚姫は地上で生きる代償に
 声を失った
 溺死者が水中でこんなにも饒舌ならば
 さもありなん
 水の底
 水の底
 そんな書き出しの詩を
 漱石かだれかが書いていなかったっけ
 水底に図書館があるならば
 確かめてみようじゃないか
 ああ水の底
 水の底
 死を飲みながら死んでいく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み