他人

エピソード文字数 467文字

 自分は他人になにを伝えたいのだろう
 そもそもなにかを伝えたいのだろうか
 他人の存在しない地平ばかりを
 夢見つづけてきたというのに

 人は結局のところ他人と出会うことなく死んでいくのではないか
 そう言っていた人もいる
 とてもよくわかる気がしたが
 いまほどはわかっていなかった
 いまもまだわかってはいないのかもしれない

 焦がれるように求めたただひとりの他人は
 もう遠く離れてしまった
 他人よりも遠い他人になってしまった
 哀しみと痛みさえも遠ざかってゆく
 なにもかもが白い平原に立ったまま
 なにもない風景を眺めている
 だれひとりいない
 草木さえ見当たらない
 夢はある意味では実現したわけだ
 あの人を忘れさえすれば
 望んでいたとおりの平穏が訪れる

 忘れられないことは辛いけれど
 忘れたいとは思えない
 それは
 自分に残された最後の感情のような気がする
 世界との紐帯はことごとくちぎれてしまったけれど
 それだけはどうやらまだ
 胎児がすがりつくへその緒のように
 しぶとく切れずにいるようだ
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