火で葬る

文字数 470文字

 生きながら焼かれるのはひどく凄惨で苦しそうなのに
 死ぬと焼かれるのがこの社会の掟
 葬送の慣習
 火葬を忌避する文化圏も世にはある
 その感覚は少しわかるような気がする
 内実の違う想いかもしれないが
 身近だった人が荼毘(だび)に付されようとしているまぎわ
 本当に燃やしてしまうのかと
 胸の奥がかすかに(うず)いた

 息をつき
 声をあげ
 人に触れ
 人と笑う
 彼の存在を媒介していたその肉体が
 燃やされる
 もとより彼は死んでいる
 もとより彼は二度と動かない
 それでも
 燃やしてしまったら
 本当に取り返しがつかないではないかと
 いまさらのように感じたそのときの(おり)のような抵抗感は
 胸になおもくすぶっている

 どうあれ死体は失われてしまう
 燃やすというのは迅速な解答だ
 人間ひとりを焼くということが
 思いのほか時間も手間もかかる難事業だとしても
 とにかくそれは
 獣から人間への階梯(かいてい)に貢献した火という神秘によって死者を葬るというその思いつきは
 惜別にもたらされた革命なのだろう
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