一人の作家が死んだ

エピソード文字数 602文字

 また一人
 好きな人が死んだ
 会ったことはないし
 言葉を交わしたこともない
 年齢だって半世紀近く離れている
 ただその人の書いたものを読んで
 勝手にこちらが慕っていただけ
 こころを支えてくれるよすがのひとつと
 勝手にこちらがすがっていただけ
 そうしてまた
 こころを支える柱が折れてしまった
 ぼくのこの内なる伽藍堂(がらんどう)
 いつ崩落してもおかしくない気がする

 死んだあの人は
 なにを
 だれを
 こころのよすがとしていたのだろう
 書いたものから判断するなら
 きっと世界に失望しながら死んだ
 厚かましい話だけど
 あなたの言葉に勇気づけられましたと
 いつの日か会って伝えて
 にっこり笑ってもらうことを夢見ていた
 いまではもうそんな夢すら
 見ることを許されなくなってしまった

 でも今さらのことじゃないか
 ぼくの好きな書き手のほとんどは
 もうこの世にはいない
 そしてこの人は満足しながら死んだだろうと
 見なせるような書き手もいない

 ぼくが出会ったのはその人たちの言葉だけ
 ぼくに遺されたのはその人たちの言葉だけ
 その人が死んだことと
 ぼくの日常には関わりなんてない

 それならば
 あなたたちはまだ生きていると
 勝手に見なしてもいいですか
 言葉に宿る魂に
 これからもすがりつづけていいですか
 穏やかな笑顔を夢見つづけてもいいですか
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