包丁

文字数 286文字

 家人が寝静まった深夜
 包丁を手首に当ててみた
 懐かしい夜
 この薄い皮膚の下に
 血がとめどなく流れている
 人体の不思議
 理科的好奇心が
 やれとうながす
 試みの夜
 結局とどまってしまうのは
 なぜだろう
 たぶんそれは
 いつもつきまとう召命の感覚
 それさえ消えれば
 やれるかもしれない
 この妄想の根拠を解き明かせば
 ためらいは薄れるかもしれない
 為すべきことなどなにもないのに
 為すべきことがあるような錯覚
 信仰とも呼べない妄念
 そしてきっと包丁は
 人体を切るための道具ではない
 仮想された鮮血を夢みながら
 ぐっすり眠った懐かしい夜
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