滴
文字数 318文字
浴槽の蓋についた水滴が
接合部をゆっくりと細めてゆき
命綱を切り離した登山者のように
まっさかさまに落ちる
その寸前の
緊張を保ち張りつめている滴
ぼくはきみが好きだ
滴は時の結晶
重力の化身
車の窓に
雨滴が流れ
つる草模様のようなパターンを形成し
即興の曼荼羅を開示し始める
その寸前の
道に迷い戸惑っている滴
ぼくはきみが好きだ
あらゆる水滴は
泉下にひそむ魚たちの異言
瞳がうるみ
瞼は湿り
睫毛を浸し
ほほをつたう
その寸前の
いまだ存在しない未生の滴
ぼくはきみが好きだ
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)