第614話 痛恨

文字数 545文字

 永瀬王座、昨日の敗戦を痛恨という言葉だけで、永瀬の心情を言い表すことはできないと思う。言葉ではいくら尽くしても足りない敗戦だったと思う。昨日の夜はおそらく一睡もできなかったのではないか。9分9厘勝ったと確信した。しかし、彼の棋風は石橋をたたいて、もう一度たたいて、なお安全策をとるというもの。それが災いした一番だったのではないのだろうか。そうとしか考えられない。金底の歩というヘボ将棋の自分にとっても悩まされる作戦を撤回して、より安全を願った痛恨の飛車打ちだった。もちろん一分将棋になっていたので、少しは焦りもあったのだろう。それにしても、彼の将棋人生で最大最悪の一手を指してしまったのかもしれない。一方の藤井は、終盤の永瀬の攻めに負けを悟り、いつもの落胆の様相を示していた。ただあとは、終局までの一手、一手を半ば自動将棋のように指しているだけだった。それを永瀬は充分に感じていたと思うのだが。将棋がミスのゲームだといわれる所以がここにある。






 ヘボ将棋の自分はこんな経験を何百回となく繰り返している。嫌というほど経験しているし、何度やられても懲りずにそのミスを繰り返す。そんな自分でも勝ちだと思った将棋をひっくり返された日は、やはり寝つきが悪くなる。自分を責めるしか解決の方法はないのだ。


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