第55話 勝負の世界

文字数 447文字

 将棋の世界は、改めていうまでもなく厳然たる勝負の世界だ。だから勝利者は、冨も名誉も人気も全てを奪っていく。藤井少年があっというまに棋界の最高段位である九段に昇格した。史上最年少での快挙だ。羽生七冠以来の将棋界のビッグニュースだ。
 たとえ目下であっても、先輩棋士達がこぞって藤井少年に敬意を払い、失礼な言動がないかに気を配るシーンが、テレビでは当たり前になっている。そんな解説やコメントを聞くたびに、何だか面映く、少しは寂しさを感じることがある。
 本音で言えば腹の中では「くそっ!」「何で俺がこんな若造に敬語を使わなければならないんだ!」と、思っているはずだからだ。でなければ、勝負の世界では生きていけないはずだ。「いずれはやっつけてやる!」と。そのあたりの将棋界の目に見えない葛藤が、何だか画面から感じられないのはなぜだろうか。
 藤井少年の誕生で将棋界には、ベテランや女流の活躍の場が増えたことを喜ぶ棋士が多いことも確かなことだ。私には、彼を藤井少年と言ってもなんら差し支えはない幸福がある。
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