第457話 眠れない夜

文字数 603文字

 昨日の夜、悔しくて一睡もできなかっただろう棋士がいる。その名は山崎隆之八段だ。彼ほど、気持ちが態度や行動に素直に表れる棋士は少ない。棋士を始め、勝負ごとに身を置くものは、表情を隠すこと、ポーカーフェースであることが当然の鉄則なのだ。なのに、彼はそれができない。テレビの中で、当時好きだった女流棋士に、恥ずかしげもなく堂々と告白したのも彼だった。そして堂々と失恋した。


   痛恨のミスをした山崎八段

 昨日の対局は藤井竜王への挑戦権を決める大事な一戦だった。最終盤に大きくリードしていた相手の広瀬八段がとんでもないミスをした。当然それに気づいた山崎は、そのミスを確実に捉え、勝利を確実なものにするはずだった。山崎は、降って沸いたこの僥倖を隠すのに苦慮している様子が画面から伺えた。もちろん広瀬はがっくりとうなだれていた。
 普通に指せば勝利目前だったのに、山崎はそのチャンスを大事に行きすぎ、無駄な手を指してしまった。蛇足をやってしまったのだ。一瞬にして、局面は再び大きく広瀬のほうにひっくり返ってしまった。もちろん、山崎は一分将棋の局面であったとはいえ、ありえないミスをしてしまったのだ。終局後、二人はそのことを充分すぎるほど分かっていた。
 長時間の対戦では、どんな棋士も局面が追い込まれると、確実にそれが態度に表れてしまう。藤井も豊島も渡辺も例外ではない。あの羽生にしても、指す手の震えが止められなくなる。



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