第333話 短歌集

文字数 621文字

 俳句にはない良さが短歌にはある。高校の先輩すじから、一冊の短歌集「流れゆく時と共に」をもらった。当初これは自分には手の負えないかな思われた。まことに失礼だが、トイレに入れておき、用をたすたびに一日一ページか二ページを少しづつ読み進めた。だんだんと、引き寄せられていき約半年かけて読み終えた。最後のほうは、この本を開くのが楽しみにさえなっていた。70歳を期に、短歌を始められた作者が満十二年の記念に自費出版されたものだ。
 高齢になると、人生の総決算の意味をこめて自分史などを書く人もあると聞く。文章を綴ることも、俳句や短歌をひねり出すのも、そこにはその人の人生が宿っている。生きてきた証がその中には凝縮されているのだろう。ゆっくり、ゆっくり読ませていただいた。なかなか味のある歌ばかりで、自分にも同調するところも多かった。そんな中から、なるほどと琴線に触れた歌を紹介する。




・ 降りかかる火の粉払わず身に浴びる病魔恐れる齢となれば
・ 円山の枝垂れ桜の枝振りにわが身を重ねて春はすぎゆく
・ ただ一途ぶれずに行かんと思えども利己に偏る心悲しき
・ 夜桜に勝れるものは花冷えの夜におでんと熱燗徳利
・ 富士の名に恥じぬ姿見せんとて霧雲払う利尻の山は
・ 歌心萎えたる宵は牧水を口遊みつつ手酌酒飲む
・ 雑草という草はないものと教え諭しし人ぞ懐かし
・ 青春の夢のかけらをあれこれと持ちつづけたし八十路越えても
・ 立ち止まる妻に小さく手を振りて光輝くオペ台に臥す



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