第200話 満願寺の紅葉
文字数 419文字
昨日、家内が紅葉を見たいと言うので、昼から近くの満願寺にバスで行った。手軽ではあるけれど、箕面や京都と比べるとやっぱり物足りない。入り口に附属の霊園の案内があり、気にもなっていることなので、パンフレットをもらいに行ったが受付が休みだった。
よく考えてみると、お墓を作ったところでいったい誰が参るのだろう。参ることもないお墓を作る必要はどこにあるのだろう。毎日、仏壇の前で文章を書いたり、絵を描いたり、PCで遊んだりしている。ぼくが書いた親父の絵やおふくろの写真、弟の写真を見ながら過ごしている。これが一番の供養であり、お墓参りではないか。お盆やたまの行事に行くためだけの墓より、自分のほうがずっと<らしい>ことをやっていると思った。
お墓ビジネスに何も積極的参加することもない。お墓については、そんなことを考える人も増えているのではないだろうか。
自分達夫婦がお墓のことを考えるときに、一緒に考えればいいことではないかとふと思ったのだ。
よく考えてみると、お墓を作ったところでいったい誰が参るのだろう。参ることもないお墓を作る必要はどこにあるのだろう。毎日、仏壇の前で文章を書いたり、絵を描いたり、PCで遊んだりしている。ぼくが書いた親父の絵やおふくろの写真、弟の写真を見ながら過ごしている。これが一番の供養であり、お墓参りではないか。お盆やたまの行事に行くためだけの墓より、自分のほうがずっと<らしい>ことをやっていると思った。
お墓ビジネスに何も積極的参加することもない。お墓については、そんなことを考える人も増えているのではないだろうか。
自分達夫婦がお墓のことを考えるときに、一緒に考えればいいことではないかとふと思ったのだ。