湖の女たち (2020/11/28)

文字数 806文字

2020年10月30日 発行
著者 吉田修一
新潮社



「あれっ・・」とまず最初に感じたのは、慣れていない《おとなしさ》だった。
老人介護施設に勤める女性の日常が変わりなく動き出す冒頭からそんな違和感があった。
そして百歳の翁の不審死、ここから何かが蠢きだすのだろうと待ち構えていた。
施設の職員を尋問する刑事、初めての子ができたばかり、心の奥に異様な性嗜好を抱えている。
行き詰った捜査を一気に解決しようとする冤罪工作にも得心できない刑事、
もしや、今回も犯罪再現小説なのか、「犯罪小説集(2018年)」のようにとも邪推するが、
それにしても看護師と刑事の異常な愛欲行為が延々と続く、文字通り白日夢のように。
一方では、旧満州国内での戦争犯罪に絡んだスキャンダルを覆いかける雑誌記者が、この事件に絡んでくる、ある意味偶然の結果で。
75年前の犯罪が呼び起こす政界スキャンダルと老人の不審死、題目だけだとかなりサスペンス感に満ちてくるが、物語の流れは最初から変わらずブツブツと折れ曲がり、回り道をし、なだらかではない。

エピローグと言ってもいい事件の半年後、琵琶湖の朝明けの美しくも冗長な描写が6頁ほど、
そのあとに事件のカタルシスのようなことが続くのだが、その時に僕はようやく本作を理解していた。
近年、物語性の強い、だから映画にもなるような作品を連続して世に問うてきた吉田修一さん、
彼は芥川賞作家であることを思い出した、うっかりすると直木賞作家だとばかりに勘違いしていた。
「パーク・ライフ」の平坦さを思い出していた。

「路(ルウ)2012年)」、「太陽は動かない(2012年)」、「怒り(2014年)」、「犯罪小説集(2016年)}、「国宝(2018年)」、「逃亡小説集(2019年)」と続いてきたエンターテイメント路線に僕は慣れてしまっていた。
本作は久しぶりに著者原点から見た現在日本社会の痛烈なアイロニーを含んだ切ない作品になっていた。
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