ミス・サンシャイン (2022/4/25)

文字数 1,150文字

2022年1月10日 第一刷発行
著者: 吉田修一
文藝春秋



「湖の女たち(2020)」以来の長編新作にちょっとだけ期待したのは、「湖の・・・」はじめ近頃の吉田修一作品がいくぶんエキセントリックに傾いていることが気に食わなかったからだ。
「怒り(2014)」、「橋を渡る(2016)」、「国宝(2018)」と続く怒涛のジャンル跨ぎ快作に感銘する一方で、「東京湾景(2003)」に代表されるカジュアルなほんのり恋物語を懐かしむ僕がいた。

通常だったら場違いと言われるに違いない男と女が巡り合い、そこに愛が醸成される、
ゆっくりと、チグハグもありながらこれまたあり得ないような終幕に向かう心地よさ。
隠し味として懐かしい故郷をメタファーする長崎昔話。
そんな夢物語を想起させてくれるのは、表紙にも記されている宣伝アジテーションだった:
「僕が恋したのは美しい80代の女性でした」?!

本作は13作短編連載形式になっている、雑誌連載が原型だったようだ。
しかし、各短編密度と13個の心憎いエピソードの配置に、一気に読み進めている僕でもその先を切望するように仕組まれている、毎月雑誌を手にする読者の気持ちはいかばかりか・・・「早く読みたい」。
そんな苦悩が大嫌いなので僕は連載小説には手を出さない、今回もそれでよかった、ボリュームも手頃、ノンストップで愉しませてもらった。
物語の粗筋(偉そうな言い分で申し訳ないし、ネタバレはしない)は、宣伝コピーのとおりだった。

主人公80代女性とは戦後日本映画史を代表する女優であり、語り手は彼女の業績資料整理を手伝うアルバイト大学院生だ。
この大女優、ミス・サンシャインと絶賛されハリウッドに滞在し日本人女優として全世界を席巻し、アカデミー賞の候補にもなる。大女優ならではのミステリーに彩られたミス・サンシャインこと和楽京子には(僕の推察では)京マチ子さんのイメージが強いがモデルではない。
ミス・サンシャインは著者創造の架空の人物、戦後の数多著名女優さんたちの面影が、あちこちに見え隠れする。
シネマ・ディープ・ファンでもある僕の理念「シネマは女優」の想いが図らずも本作で確認でき、予期しない幸せを感じたのは儲けものだった。

と言っても、本作が映画界の秘話物語りだとは思い敬遠しないでほしい、前述したように本作はカジュアルな恋愛が命の短編連作だ。
その結実として、50歳以上も年の離れた女優と学生が共有した消し去ることのできない心の痛みと、そこから立ち直る希望に満ちた人生が愛おしい。
学生の少年期のトラウマ、女優の被爆体験と怒りがクライマックスで火を噴き、そののちに新しい平野を形作る。
最後の頁を閉じたとき、穏やかに深呼吸する世界が僕を待っていた。
美しく静かな物語、肩の力が抜けた大人の寓話、秀作だった。
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