インビジブル  (2021/1/2)

文字数 852文字

2020年8月30日 第1刷発行
著者 坂上泉
文藝春秋



新聞紙上広告につられて拝読した、絶賛好評中とのことだった。
ただひとつ気を引いたのは戦後間もない大阪警視庁が舞台のポリス小説、
中卒刑事とエリート警部補のバディ物語という点だった。
時代設定は太平洋戦争後9年目の1954年(昭和29年)、ということは僕が4歳のころであり、
自治体警察が再度国家警察の再編されるころであることも、父から聞かされていたのだった。
いくぶんいつもとは少しだけ違った興味心も手伝っていた。
著者 坂上さんは若干30歳の日本近代史研究をベースにした著作「へぼ侍」があるとのことだが
もちろん僕は未読だった、初めてのお付き合いだった。

手短に感想をまとめると、
ポリスストーリーとして純粋に評価すると「ありきたり」の展開、主人公の平刑事とキャリア警部補とのコンビも類型にとどまっている。肝心の彼らが捜査する連続殺人事件とその犯人、犯行動機も目新しいものではなかった。

しかしながら、著者の近代史研究のファクターであろう細やかな時代描写が本作のベースにしっかりと脈づいている。戦後の警察機構の右往左往と現場の混乱、戦争の深い傷跡を背負った人々それは警官も犯人もしかり。
戦中にさかのぼった満州国における国家規模の収奪、その犠牲となった日本人、狡猾に生き残った犯罪者たち。希望と絶望のなか毎日を生き抜く大阪市民の生き様と周りの風景がリアルによみがえってくる。

前述のとおり、父は昭和29年時点で出向していた警察予備隊から所属警察署に戻ったころ、
GHQ押し付けの自治体警察が機能せず、この頃多くの冤罪事故が発生していた。
その混乱の様子はその後いろいろと聞かされた記憶がある。
一方、祖父は満州国で終戦を迎え大変な苦労の末、帰国できたという話だが、その詳細は今もって謎のままである。
ついつい、本作にあるような壮絶な経験を想像してしまう。

僕にとってはポリスストーリーではなく、いまやはるか遠くの記憶の果てになってしまった終戦直後の日本人を思い出す懐かしい物語だった。
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