燕は戻ってこない (2023/1/24)

文字数 1,086文字

2022年3月10日 第1刷発行
著者:桐野夏生
集英社


本の帯に記されたコピー曰く、
「OUT」から25年、女性たちの困窮と憤怒を捉えつづける作家の衝撃長編。
日本推理作家協会賞の「OUT(1998)」は上記コピーのとおり一般女性、というか市井の女たちが追い詰められて反撃する桐野ワールド原型を決定づけた作品だから、わざわざ「OUT 」を引き
合いに出す本書はどれだけのものかと期待して拝読した結果、その衝撃度は震度2くらいの揺れしか感じなかった。
桐野さんのあくなき女性賛歌への心根は今でも小説の隅々から伝わってくる、その一方でジェンダー問題がこの四半世紀でようやく日本においても世間に浸透しはじめたため、桐野ワールドが相対的価値を減じてきているのも事実であり、73歳の桐野さん自身の達成感すら近作では感じ取れるくらい円熟した結果、いわゆる角が取れたマイルドな格調に転じてきたせいなのか、と思っている。
本作でもだらしない男たちと、個性豊かな女たちが両コーナーに分かれて立ち向かう構図は相変わらず変わっていない。
《女コーナー》
●主人公:派遣社員、ぎりぎりの実生活に見切りをつけて、お金のために代理出産を引き受ける。
●主人公の友人:主人公と一緒に卵子提供を決意する。
●代理出産を依頼した女(妻):優柔不断または臨機応変で常に主人公に味方する。
●春画家:RGBTQのQ、性に無関心、友人の上記妻に批判的。
●代理出産を依頼した男の母:バレリーナ、同じバレリーナの息子を溺愛し代理出産のスポンサーとなる。
●代理出産エージェント:ビジネス以上人助け傾向が強い。
《男コーナー》
〇代理出産を依頼した男(夫):自身のバレリーナDNAを残したい思いが強い。
〇主人公の元カレ:家庭人のくせに女好き。
〇主人公の現カレ:ホスト崩れの売春男。

この陣構えでは、いつもの様に男たちに勝ち目はないのだが、代理出産を依頼する男(夫)が味のある変節を繰り返すのが愉快だ。金で子宮を買うくらいの勢いだったのが、紆余曲折の末に出産の神秘に触れて改心していく、まるでスクルージのように。
物語の詳細はミステリーの掟として申し上げるわけにはいかないが、先の「OUT」に比べると穏やかな展開で、最後にみんなが良い人間になってしまうクリスマスキャロルか・・・とすら心配した。
「ノンストップ・ディストピア小説」という宣伝文句の意地だけのようなエンディングもさほどインパクトはなく、受け取り方によっては大岡越前守の人情裁定のようなハッピーエンディングと誤解されてもおかしくない。
桐野さん円熟し過ぎて本気でキレることができなくなったのかな。
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