目覚めよと人魚は歌う (2022/8/16)

文字数 797文字

2000年5月30日発行 
著者:星野智幸
新潮社



引き続いての 「積読解消シリーズ」第七弾。
星野智幸さんの著書は2年前に「ファンタジスタ(2003)」を読ませていただいているので、おそらくではあるが星野ワールドのうわさを聞いて同時に探し求めた中古書であろう。
本作は2000年発行であるから、「ファンタジスタ」よりも前に世に出ている。
前述の星野ワールドというのは、小説の中身に統制などまるで気にしない文章作法と、それにフィットするレアな素材選択及び処理スタイルに依拠する。
「ファンタジスタ」のブックレビューで僕は著者の作風を悪夢の再現と評したが、脈絡のない不合理な支離滅裂ほど、ナイトメアにふさわしいものはない。

しかしながら、本作はもう少し穏やかにファンタジーを語る。
物語の舞台が日本には存在しないような砂丘の果てに建てられたログハウス、その理由が無節操な森林開発の末路だという人類の原罪に迫ってみたりする。
最小で精鋭と思われる登場人物は、殺人事件で逃げているペルー人三世青年とその恋人、隠れ家には同じように逃避してきた美しい女とその息子、そしてログハウスの持ち主の中年男。
きっちりと人物構成があり、小説舞台があり、問題(テーマ)も提示されている。・・・・ように思える。
ペルー人青年には日本社会の差別構造を、妖艶な女には家庭弱者の本音を、中年男には現実逃避の優柔不断を僕は感じる。
おそらくそれはそれでストレートな受け取り態度なのかもしれないが、その行間に現実と異次元の断裂と大きな裂け目がチラチラと僕の魂を脅かし始める。

この人たちは本当に生きている人間なのか?
すでに別の世界に旅立った物の怪たちなのか?
彼らは無間道をさ迷う邪鬼たちなのか?

本書には人魚は登場しないし、歌うこともない。
「目覚めよ」と言われないままに僕らは何処に行こうとしているのか。
こんな解釈ができるほどに、心優しいファンタジーだった。
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