僕が死んだあの森 (2021/7/15)

文字数 981文字

2021年5月25日 第一刷 
著者:ピエール・ルメートル  訳:橘明美
文藝春秋



本の帯(裏側)に書かれているコピーにはこう記されている:

『 12歳の少年アントワーヌは、隣家の6歳の男の子を殺してしまった。そんなつもりじゃなかった。心の中に積み重なってきた孤独と失望が、一瞬の激情となって爆発してしまったのだ。
死体を森に隠したアントワーヌだったが、この罪が彼の人生を悲惨なものへと変えてゆく・・・・ミステリー史に残る名作「その女アレックス」のルメートルが描きつくす、残酷にして皮肉、先読み不能の犯罪文学の傑作 』

またもや「その女アレックス」のレメートル・・・という紹介のされ方に、笑うしかない一方、著者にはお気の毒としか申し上げようがない。レメートルの計り知れない才能の一片でも垣間見る読者であれば、彼がミステリー作家でとどまるはずもないことは想像できるからだ。
たしかのこの宣伝帯コピーにも、「犯罪文学」という言葉が使われている、僕はこの文学性に本作では惹かれてしまった。

タイトルから察することができるように、本作では主人公の少年(中学生)が人を殺してしまうことがテーマになっている。
殺人を犯して、事件の発覚を恐れ、捕まってしまう恐怖に慄きなら毎日を過ごし、それでもなお偶然による運命のいたずらで、犯罪は明るみにでないまま医者になり、最後の審判を待つ主人公、殺人の加害者の悲劇が綿々と綴られている。

自分は過去に人を殺したのではないか? それを心から消し去ってしまったのではないか? と怯えることがないだろうか。自己を見つめ、問いかけるときに生じる戦慄の中のひとつだ、少なくとも僕はそうだった(幸い僕は人を殺していないと思うが)。

そんな思春期の心の葛藤が全編を貫き、16年後 主人公が28歳の時にすべての決着がつく。
今作でも叙述的トリックがあるのかと細心の注意で読み進めてみたが、前述のとおりミステリーの比重は小さく少年の精神の襞を抉るような描写が続き、主人公を取り巻く多彩な人間模様も含めてかなり高級な読書経験になった。
カタルシスというか謎解きというか、エンディングシークエンスもミステリー色は抑制されている。
もはや ルメートルには「その女アレックス」の云々は必要ない、彼自身ミステリーはあと1作で終わるとも宣言しているそうだ。
これからもルメートルの進化が楽しみだ。
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